第16話 パン輸送大作戦






 次の休日。

 2号店支配人の命を受けた僕は、ラウラと共にハインツ・パンショップを訪れた。

 店には既に張り紙があった。


『長年のご愛顧、誠にありがとうございました』


 前世でもそうだった。

 こういうのを見ると、本当に寂しくなる。


 ヘンゼル・ベーカリーだって、ほんの4か月前までは損益分岐点だったのだ。

 今のところ上手く行っているが、所詮、商売は水物。

 いつもうまくいく訳ではないのだ。


 オーナーのハインツさんとともに、奥さんと娘さんが迎えてくれた。

 娘さんは僕と同い年で、エルザという金髪の可愛らしい子だった。


 名残惜しいものの、看板を降ろす。

 ハインツさんは気丈に振舞いつつも、父親が作ったというその看板を物置にしまった。

 そして僕が本店の看板を模して作ったヘンゼル・ベーカリーの看板に掛け代えた。


 手短ながらもハインツさんの家族に今後の業務提携について説明する。

 その後、店内の清掃と模様替えを行い、翌日の営業の予行演習も行った。


 そして、翌日のリニューアル・オープンを迎えたのである。

 日曜日の、たった、一日で店名も商品も様変わりしたものだから、驚いた客も多かった。

 中には店名が変わったことに気付いていない者まで居た。


「あらぁ、パンの種類増えたのねぇ?」



 だが、裏方は大変だった。

 リアカーにパンの入った木箱を積み、1km近く離れた2号店まで運ぶ。

 ハインツさんと僕で走った。

 しかも開店当日は雨上がりの朝だったものだからぬかるんで大変だった。

 帝都の道路はまだ舗装されていないところが多い。

 石畳など大通りだけだ。


 特に午後からはご近所に新装開店が噂になって売り切れが頻発。

 結局一日に10往復もすることになった。


 だが、いずれにしても一番気を使うのは、食品を扱うということだ。

 木箱に詰めて、荷車に載せて、外を走って、また荷下ろししてと、パンに異物が混入する機会が多い。

 食中毒を出せば信用がガタ落ちである。

 パン自体は本店で紙に包み、2号店では包んだまま販売するなど、細心の注意を払った。

 近く、パンの輸送要員を雇用する予定である。


 ポイントカードは本店と共通で使えるようにした。

 すると、やはり2号店でも本店で途中まで貯めたポイントカードを出す客は多い。

 新規に発行したポイントカードもあることから、集客効果は確かにあった。


 勿論、新規出店キャンペーンも行った。

 ポイント3倍。

 新規発行カードに無条件でスタンプ追加もした。


 ちなみにラウラも2号店に移動した。

 僕は裏の差配で忙しいので、ホールをお願いしたのである。

 やっぱりポイントとかの計算はややこしいので、慣れた店員の方が良いだろう。





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