第33話

 気が付いたのは偶然だった。

 道中にある標石というのだろうか、石の柱の上に小さな恐竜のぬいぐるみが置いてある。もしかしたら、優枝か桜花が落としたのかもしれない。

 拾ってみるとちょっと泥で汚れていて、誰かが忘れ物に気が付くように目立つところに置いた、というところだろうか。

 そこは、ちょうど地元の路地に入って行く裏道の入口のような場所で、奥に向かって少しだけ屋台が続いている。念のため、確認しておこうという気になった。

 裏道を少し進んだところで僕と同年代くらいの女の子が二人、話しているのが見える。

「なに? あんた一人でそんな恰好して花火見にきたわけ?」

「知り合い?」

 聞き耳を立てていたというわけではないけれど、偶然内容が聞き取れてしまった。

 そして、文脈から二人の向こうには誰かいるらしいこともわかる。

「田所。中学いっしょだったでしょ」

「ああ。前はもっと髪短くなかったっけ、伸ばしたんだ」

 そこまで聞いて、ぴんと来た。通行する人を避けながらゆっくりと近づくと、案の定、二人の影には桜花らしき子が立っている。けれど僕の位置からだと表情がよく見えない。

 都合の悪いことに、屋台の関係者らしき人が荷物を抱えて前を通り、桜花の場所まで直行できない。

「ま、友達もいなかったあんたに彼氏がいるわけないよね。どうせ家族で来てるんでしょ。迷子放送でもしてもらう?」

 旧友と出会っただけ、というのなら時間を空けてから合流してもいいかなと思っていた。けれど、さっきから話し方が鼻につく。とくに、最後のやつが許せない。

 人ごみの隙間に無理に体をねじ込んで道をつくる。

「姉の方は男の間で取り合いになるくらい人気なのに、姉妹のどこでそんなに差がついたんだろうね」

 やっと、あと一歩のところまで来た。少し低い位置にある肩に手を伸ばす。

「桜花!」

「お姉ちゃんのことは関係ない!」

 僕が声をかけるのと、良く通るその声が聞こえたのはほとんど同時だった。

「探したよ。見つかって良かった」

 あえて、二人には気が付かないふりをしたまま、続ける。いつもより少しだけ近い距離を意識しながら、さっきの優枝を真似して肩に手を回した。

 ここで初めて気が付いたというふりをしながら二人の方を向く。

「あ、ごめんなさい、桜花の友達ですか?」

 名前も知らない二人は、ちょっと派手目の美人といっていい顔立ちの子たちだった。けれど、今までの流れのせいか、好意的に受け取れない。年相応より濃いめの化粧が、長すぎるつけまつ毛が気になる。

 彼女たちはポカンとした顔を一瞬浮かべたあと、僕から目線を逸らした。

「行こ!」

 結局、挨拶らしい挨拶も受けられずに言葉通りこの場を離れてしまった。

 無言でそんな様子を見送ってから、改めて桜花の方を振り返った僕は強く動揺することになる。

 なぜなら、上目遣いにこっちを見つめるどんぐりのような瞳に、涙が浮かんでいるのを確認したから。

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