短編集

矢貫 志筑

雨と少年

 雨の日が好きだ。

 体の中にある熱が、雨に溶けていって、冷えて曖昧になっていく。そしてどんどん、俺と雨の温度が等しくなっていって、自然の力強さが貰える気がする。

 だから俺は、雨が好きだ。

 

 

 

 雨が降りはじめたのに気づき、俺は木剣を持ったまま上を見上げて雨に打たれていた。


「そろそろ中に入りなさい! 風邪引くわよ!」


 数分経って、母さんが、庭の訓練場で立ったままの俺を呼んだ。それに気づいてはーい、と返事をして家に入る。

 

「はいこれタオル。拭いたら早くお風呂であったまりなよ? お兄ちゃん」

 

 玄関でびしょ濡れの服を絞っていると、妹がそういって俺にタオルを差しだす。

 俺はありがと、と言いながらそれを受け取って、びしょ濡れの髪を拭きはじめる。

 

 明日も雨が降るといいな、なんて鼻歌を歌いながら思った。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 雨の日は嫌いだ。

 雨と一緒に消えてしまいたい、溶けてなくなりたい、そんな僕の想いをふみにじるから嫌いだ。大粒の雨は容赦なく僕の肌を打つ。その痛さが、どうしようもなく僕を認識させる。

 僕と雨の、確かな隔たりを、その輪郭を、僕に強く認識させる。

 だから僕は、雨が嫌いだ。

 

 

 

「お前、何止まってるんだ。早く歩けよ!」

「……すみません」

 

 雨の中、傭兵とみられる男が十五くらいの少年を連れて歩いている。

 少年は身の丈に合わない大きな荷物を背負って、屈強な男についていく。汗と、雨と、そして頬をはしる雫と、それらが全部ぐちゃぐちゃになって混じる。

 

 僕は、雨が好きになりたかった。

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短編集 矢貫 志筑 @yanuki-shizuku

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