第36話 男と男の戦い

「はぁ、はぁ……ついにたどり着いたぜ……」


 俺は、祭壇の玉座へ続く扉の前に立っていた。

 休むことなく走り続けてきたため、非常に疲労困憊している。


「井荻さん、向かう前に少し休んだ方がよろしいのでは……」


 ともに駆け抜けて来た聖さんが声をかけてくる。


「……いや、俺は立ち止まるわけにはいかねえ。さっさと行かねえと板野がどうなってるか――」

「……ここまで来たけれども、かなり戦況は悪いですわ。あなたのアンタレスもありませんですし、万全の状態で行かなければ勝てるものも勝てませんわ」

「そうなんだよなあ……」


 今まで俺の片腕として使ってきた、アンタレスが今修理中で召喚することはできない。

 普段であったら都武の一人くらいその体格差で即座にひねりつぶせるのだが、今はそうもいかない。

 この、ブレードドローンだけでどれほど戦えるのか。それが問題だった。


「だが俺はいかなくてはならねえ。……板野のためにも、な」

「そんなに彼女が大切ですのね」

「ああ。俺はあいつを守らなくてはならねえ」


 もう、傷つけないように。

 傷つけさせないように。


 と、その時だった。

 腕の端末から音がする。


「誰からの通信か? ……管埜先輩だ」


 回線を開き、電話を取る。


『あら、井荻ちゃん。いま、どこかしら?』

「ダンジョンの――都武が言ってた祭壇とやらの前にいますよ」

『もう、戦ってるの?」

「いえまだ――その扉の前ですが」

『そう。それならよかったわ。ぎりぎり間に合った。ダンジョンにいるのは知っていたけれども――どうやらシステムの復旧は難しそうだったから、こっちをね』

『あーもう無理―! 井出渕くんひどいー! ガチガチにロックされてるー!』


 電話の向こうから悠城先輩の悲鳴が聞こえる。どうやら上は上で大変なことになっているようだ。


「それで、こっちって一体――?」

『あなたの愛機――アンタレスを動かせるような、応急修理よ』

「――!」


 それはまるで天啓のような、グッドニュースであった。


『とはいっても、ボロボロなのは変わりないから、普段よりもだいぶスペックは落ちるけれども――でも、必要でしょう? 都武ちゃんと戦うのに』

「! ええ!」


 俺は軽くガッツポーズをする。これなら――


「いくらアンタレスがボロボロでも、都武が人間である限りそのでかさには勝てませんよ! これなら……」

「……ちょっと楽観視しすぎたと思うのですけれども」

「大丈夫だって! だって――」


 俺は、聖さんに振り返って言う。


「どんなにボロボロであっても――俺の拾った最強の魔導鎧、アンタレスがいるんなら、どんな相手にも勝てるさ」

「……そうね」


 電話の向こうから、クスクスと笑い声がする。


『随分と信頼しているのね。整備士としては嬉しいわ。……それじゃあ、召喚できるようにしたから、あとは……』

「ええ。何をたくらんでるのか知りませんが……都武の奴を、ぶっ倒してやりますよ」

『……頑張ってね、今のあたしたちにはこれくらいの事しかしてあげられないけれども』

「何を。素晴らしい助けですよ」


 そうして、通信は切れた。


 端末をいじる。そうして、アンタレスが召喚できることを確認する。


「よし――いい休憩にもなったし、行くか」

「……わたくしも援護いたしますけれども、どうか無理はなさらないように」

「ああ。やって見せるさ――」


 そうして俺たちは扉を開く――


 ***


 そこにいたのは、膝をつく汀良田先輩と――巨大ロボットの足元に立つ、都武であった。


「――あれは」

「! 俺が倒したはずのシリウス、なぜここに――!」


「簡単なことですよ」


 都武は言う。


「僕が再利用させてもらった、それだけです」

「くっ、井荻、逃げろ……!」


 俺は、その言葉を聞いて、一歩前に出る。


「! 井荻……」

「逃げませんよ、俺は。俺には取り返さなければいけないものがある」


 俺は、歩く。歩く。

 都武の下に。


「よう都武。返せよ。板野を」

「ダメだね。まだ彼女にはやってもらわないといけないことがある」

「てめえは何が目的なんだよ」

「簡単なことですよ。このダンジョンは、たかが一つの部活が所持しておくには勿体なさ過ぎるし――危険すぎる」


 都武は、井荻の周りをまわる。


「システムをまかなうための大量のエネルギー。あふれ出てくる魔物。貴重な装備。どれをとってもこれはしかるべき機関が管理すべきものだ。……君たちのものではない」

「だが、お前らのものではない。俺たちが今まで使ってきたものだ」

「だから、奪わなくてはならない。実力行使でね。それとも、僕は間違っているかい?」


 そんなことを言う目の前の人間に、ため息をついて、肩をすくめる。


「お前が言うべきことはわからんでもない。この科学あふれる現代に存在するダンジョンという存在自体、おかしくて仕方ない。俺たちが占有しておくのは間違っているかもしれない」


 そして、ゆっくりと詰め寄る。


「だが、そんなことはどうでもいい。板野を返せ。それだけだ」

「それは無理なご相談だ。僕の目的を果たすには、この現代ダンジョン部を手に入れるには、魔神を支配するには――彼女と、石が必要だ」

「その点で、てめえと俺は対立している。てめえが何をするのにも興味はねえが、それに板野を巻き込むなら……」


 俺は拳を、振りかぶる。


「俺はてめえをぶん殴る!」


 その拳は、バリアによってはじかれた。


「ってえ……」

「井荻さん、何馬鹿なことを、そんなの効くわけが……」

「へっ効くか効かねえかはどうでもいいな。大事なのは宣戦布告をしたこと」


 振り返り、空間のある場所へと歩いていく。


「そして、なんとしてでもぶん殴る。それだけだ――こい、アンタレス」


 俺は、空へ端末を掲げた。


 開かれるは空へ向かう魔法陣、現れるは――装甲がボロボロで、ところどころダクトテープで無理やり補修されたアンタレス。


「来たか――でも、あまり本調子ではないみたいですねえ?」

「それでも、てめえを殴るなら十分だ」


 俺は、アンタレスに乗り込む。


「――やれやれ、石に適合したのが板野さんではなかったらあなたと対立しない道があったかもしれない」

「だが、そんなもしもはなかった。どうでもいい事だ」

「全くです。これも皆さんの言うところの――運命ってやつでしょうか」


 アンタレスは、剣を構える。

 シリウスは、両手を不気味に上げる。


「さて、殺ろうか」

「ええ」


 二つの魔導鎧が、一歩踏み込んだ。

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