第31話:サウスポートからの依頼2

「月彦、まずい」

「ど、どうしたの? 輝夜ちゃん」

 人工都市の一区画にあるウェストデザートの屋敷にて。

 輝夜はノートパソコンを閉じると部屋に入ってきた月彦に駆け寄った。

「優里の痣の正体が分かった。あと銀髪赤目の女の正体も」

「え……そんな、突然?」

 困惑する月彦のシャツを掴み下からじっと見つめると月彦は顔を赤くする。

 ブラウスのボタンを外している所為で胸の谷間が見えてしまいそうだ。

「突然やない……三日眠って起きた後もずっと考えとった……あの違和感の正体を……そして今、はっきりと分かった」

「一体なんなの? いや……ていうかこっちも大変なことになってて」

「え?」

 月彦は一度胸に手を当てて深呼吸をし、それから輝夜の肩に手を置いた。

「サウスポートで暴動が起きて……医者が必要って連絡が!」

「暴動……?」

 そんな兆候はあっただろうか。インターネットはチェックしているがそんな情報は目にしていなかった。

 それなのに、ウェストデザートにまで連絡を入れるほどに深刻な状況になっているとでもいうのだろうか。

「で……その、将斗・サウスポート様からご連絡が入っていて……」

「……ふうん、懐かしい名前やねえ」


 月彦の言葉を聞いた輝夜は机に戻り、すぐにパソコンを立ち上げる。正装ではないが気にする間柄でもない。

 テレビ電話を繋ぐや否や画面の向こうに偉そうにふんぞり返る赤髪が出てきた瞬間は眉を顰めそうになったが。

「久しいですね、将斗様」

「そうだったか? しかしますます色っぽくなったじゃねえか、輝夜・ウェストデザート」

「ふふ、冗談はおよしください」

 画面に入らない位置にいる月彦の顔が一変したのを見つつ輝夜は口元を隠して淑女のように笑ってみせた。

 立場としてはサウスポート家の正統後継者である相手の方が上なのだから礼儀をわきまえなければならない。

「それで……暴動とはまた穏やかではありませんね。一体何があったのでしょうか」

「ふん、こっちに来てから伝えてやるよ。こっちには怪我人が多数いて医者が足りない。あの庶民臭いお嬢様も呼んで手を貸してもらおうとは思うがいつまでもつか分からねえしな」

 庶民臭いお嬢様……一瞬それが誰を示しているのか分からなかったが、すぐに合点がいった。

 手を貸してもらう……とはどういう意味かも。

「な……イーストプレイン家の治癒の能力は使えば使うほど自分の体力を消耗する……無暗に使っていいものではありません」

 この赤髪の男は今度は一体何をやらかそうというのか。黒い笑みの先が見えずゾクリと寒気がする。

「黒龍が封印されて満身創痍の身体なんざいつ事切れても大差はないだろう。大体お前は知っているのか? あいつに呪いをかけた奴の正体を」

 彼も気づいていたのか……と、輝夜は手を震わせた。気づいていてなお優里を動かそうとしているなど狂った話だ。

「ドラゴンテイル……封印されし龍の尻尾。それが銀色の髪の女の正体」

「はっ、なんだ知っているのか。イーストプレインの奴らには情報を教える代わりにこちらへ来いと伝えている。早く来ることだな」

 そのままプツリと通信は切れた。輝夜は呆然と画面を見た後、自分の手首を噛む。

 それが、悔しい時にする彼女の癖だった。

「輝夜ちゃん?」

「あと少し……あと少し私が早く気づいていれば……いや、それはいい。月彦、早くヘリを! その間に奏人さんたちにも連絡を取る」

 できるだけの医療器具を持っていこうとかき集める。とにかく一人でも多くの命が救われることを願いながら。


◆  ◆  ◆


「お父様! 大丈夫!?」

 舞紗は疲れ顔の父、玲生・ノースキャニオンの元へと駆け寄った。最近彼は日に日にやつれていっているように見える。

 黒龍が消えたことによるノースキャニオンの変化に対応するだけで必死なのだろう。

 忙しない現伯爵の様子を見た舞紗の二人の兄や叔父は、ぴたりと後継者を主張することをやめてしまった。

 結局彼らは権力を振りかざしたいだけでノースキャニオンを守ろうなどという気持ちは一切なかったのだ。舞紗にはそれがやるせなかった。

「大丈夫だよ、舞紗。少し寝不足でね。今日も集落の様子を見に行ってくれたのかい?」

 舞紗は虎徹と共に僻地にある一つの集落へと行ってきたところだった。そこは普段フェアリマウンテンからくる川が流れてくるのだが、何故か川が随分と痩せてしまっていたのだ。ここ最近続く豪雨の所為で氾濫ばかりだったというのに、急になくなってしまうのも困る。その上流にある滝を見に行けば、滝というよりも崖の上から少しずつ水が滴っている程度だった。

 昨日向かった先も普段は草地になっているはずの場所で急に草が枯れ始めてしまったらしい。このままでは野生生物も減り食物も採れなくなってしまう。幼い舞紗にはそれが怖くて仕方がないが、それでも民衆には自分がなんとかすると宣言してきた。

 北の赤頭巾の名前は……少しずつ、ノースキャニオンに広まりつつある。

 今日も早速現状を父に報告しようとしたのだが、今にも倒れそうな父の姿がいるのだから動揺せずにはいられない。

 舞紗の後ろに立っていた虎徹も腰を落とし主人の様子を心配した。

「うん、虎徹と一緒に滝の方へ……それよりお父様は大丈夫なの?」

「心配かけてごめんね、少し寝不足なんだ。それより……大変なことが分かった」

「大変なこと?」

「ああ……十年前優里さんに接触した犯人のことだ」

「犯人?」

 銀色の髪で赤い瞳の女性……それが誰だか分かったというのか。

「い、一体どこのどいつなの!? そんな奴私が銃で撃って……いや、撃ったら呪いを解く方法が分からないから、とにかく捕まえて……」

 腰につけた銃に手を触れて叫ぶ舞紗は、ふと視線を感じて廊下に飾られた一枚の巨大鏡を見つめた。

「何、あれ」

「な……」

 玲生や虎徹もまた同様に鏡を見つめる。

 そこにあるのは最早鏡ではない……そう思うしかない。

 鏡の中に一人の女性の姿が写っている。否、それは女性であるようで女性でなく、何かもっと怪物のような……人ではない何かにも思えた。

「何者なの!?」

 舞紗は腰から拳銃を引き抜き、女性の胸をめがけて撃った。その瞬間鏡は粉々に割れ女性の姿も消えてしまう。

「あれは……ドラゴンテイルだ……まさかもうノースキャニオンは奴に支配されているとでも……」

「ドラゴンテイルって?」

 そんな名前、舞紗は聞いたことがない。

「このテイル王国の裏側に住む龍の尻尾……奴が優里さんに呪いをかけた張本人だが、それを伝えようとイーストプレイン家に電話をかけたら使用人が出て、他の人たちはサウスポートに向かっているという……」

「い……嫌な予感がするわ……お父様、私虎徹と二人でサウスポートに行ってくる!」

 舞紗は虎徹の方を振り向き「いいよね?」と確認する。虎徹は静かに頷いた。

「駄目だ」

 しかし父は首を横に振る。

「でも……」

「行くなら私も連れて行ってくれ。サウスポートまでは遠い。航空機を出そう」

「お父様……!」

 こうして、ノースキャニオンの三人もまた、セントラルランドを挟んだ反対側にあるサウスポートへと向かうことになったのだった。

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