第21話:ウェストデザートからの医者2

「はじめまして。西の砂漠ウェストデザートより参りました、輝夜かぐや・ウェストデザートと申します」

 白い髪を頭上で二つの球体のように縛った見慣れない髪型。白い布を前で交差させ胸の下に青色の長い布を巻き付けた、見たこともない服装。見たところ成人はしていそうだが年齢不詳の不思議な色気がある。

 そんな奇妙な出で立ちの輝夜・ウェストデザートは深々と頭を下げた。

「はじめまして、優里・イーストプレインです」

 優里も、スカートの裾を僅かに持ち上げ片足を一歩引く、詩織に教わった方法でお辞儀をする。

「こちらは私の執事、月彦つきひこ・エノモト。私たちはこの度あなたの呪いを調べるために来ました」

 輝夜の後ろでスーツの男が頭を下げる。彼は奏人と同じくらいの年だろうか。こちらは見慣れたスーツ姿で、深々と頭を下げている。

「呪いを調べる……ですか」

 奏人と詩織は優里を挟むように立っている。彼らが輝夜にコンタクトをとってここへ呼んだのかもしれない。

「詳しい話は室内で」

 奏人はそう言って輝夜たちを応接室に案内した。


「どうぞ、つまらないものですが」

 と、輝夜は布で丁寧に包まれた箱を取り出す。詩織が受け取って開けば球体状の手のひらサイズの物体が九つ入っていた。

「ウェストデザート名物のおまんじゅうです。甘くてもちもちとしていて美味なんよ」 

 長い袖で口元を隠しながら輝夜は笑う。服装も話し方のイントネーションも優里の知らないものだった。

「ふふ、この格好が気になりはる? これは着物といいまして、ウェストデザートの正装なんです」

 優里の視線に気づいた輝夜は自分の服を説明しながら長い袖を広げて見せる。無表情だったりコロコロと笑ってみたり輝夜の表情は読みにくい。

「お茶を淹れてきますね」

 と、詩織はまんじゅうの箱を持って部屋を出て行った。


「優里お嬢様、彼女はウェストデザート家のご令嬢であり天才的な医師でもあります。彼女の視点から一度優里お嬢様のことを診断していただくことになりました」

「医師……?」

 輝夜はどう見てもまだ若く医師の印象とはほど遠い。優里の医師のイメージは、集落にたまにやってくる年老いた男だった。

 しかも病人を前にして胡散臭い説教を長々と告げて薬だけ置いていく。そんな不気味な男というイメージだ。

 だからこそ、貴族の美しいお嬢様が医師ということにどうもピンとこない。

「私は正式な跡取りではありませんから好き勝手やらせてもらっています。是非あなたのその痣を私に見せてくださいな」

「えっと……」

 優里は隣に立っている奏人を見つめる。彼らが輝夜をここに呼んだとしたら頷くべきなのだろうか。それとも簡単に話を鵜呑みにしてはいけないのだろうか。

「私や詩織としてはこちらへ出向いてくださるなら是非診ていただきたいと伝えました。あとは優里お嬢様がご判断ください」

 客の前だからか奏人の話し方がいつも以上に改まっていてむず痒い。優里は輝夜の柔和な目を見て、それから頷いた。

「わざわざ来ていただいたのですから、是非診てください。呪い……というより呪術のようなもので黒龍が封印されたような状態ですので、医療でどうにかなるのかは分かりませんが」

「承諾していただいて安心しました。まあものは試しといいますか……どうぞ私にお任せください。この日のために三日間眠りましたから」

「え……三日?」

 優里も儀式の後三日間眠り続けてしまったのだが、意図的に三日も眠り続けることなどできるのだろうか。

「輝夜様は西の眠り姫と呼ばれています。長時間眠り続けることによってその後の頭の回転や集中力を高めるのです」

 ここで、輝夜の隣に立っている月彦が初めて声を出す。西の眠り姫……なんて、優里は聞いたことのない言葉だ。

「もしかしてそれはウェストデザート家の能力……でしょうか」

 イーストプレイン家の治癒の能力のように、ノースキャニオン家の体力が二倍になる能力のように、それがウェストデザート家独特のスキルのようなものではないだろうか。

 優里はそう推測するが、

「いいえ、違います」

 と、すぐに否定されてしまった。

「私が眠り姫と呼ばれるようになったのはより効率の良い生き方を求めた結果。ウェストデザートの人間が持つ能力は……いえ、これはまた後ほどお話ししましょう」

 お盆を持った詩織が部屋に戻ってきたためか輝夜が話を切りあげる。まんじゅうが置かれた皿が二枚と、いつものティーカップとは違う形のコップ。そこにティーポットとはやや異なる形をした陶器製の道具を使い、緑色の液体を注いでいく。

「これは……」

「ウェストデザートで頻繁に飲まれている緑茶です。まんじゅうに合うと思いますので淹れてきました」

 詩織もまたいつもと雰囲気が違う外向けの口調だ。

 緑茶という飲み物も、いつも飲んでいる紅茶やハーブティーとは色も風味も違うが、きっと詩織の淹れたものだから美味しいのだろう。

 しかし、気がかりなのはそこではない。

 何故、皿もコップも二つしかないのだろう。そう言いかけて本来の貴族と使用人の関係を思い出す。確か使用人は貴族と共に食事をするのはルール違反らしいと聞いた覚えがある。しかし毎日共に食卓を囲みティータイムも一緒に過ごしてもらっている身としては物足りないし、何より自分だけ食べるのは恥ずかしい。ノースキャニオン家では詩織たちも共に食べたがあれはあくまで客人だったからか。だったら月彦はと言いたいが彼は終始立ちっぱなしで最初から食べることを放棄しているようでもあった。この辺りの力関係が優里には分からない。

 戸惑っていると輝夜はにこりと微笑み、

「折角のおまんじゅうですから皆でいただきませんか? その方がおいしゅうなると思います」

 と詩織に告げる。もしや優里の意図を読んだのだろうかと見つめると、

「ふふ、私もよく月彦と共におやつを食べているんよ。一人じゃ寂しいですからね」

 と、小声で言われた。彼女は自分と似たようなところがあるかもしれない、と嬉しくなる。

「で、では、私も提案が」

 優里が詩織にお願いすると、詩織は呆気にとられたあと「流石優里お嬢様ですね」と微笑んだ。


「いやあ、僕たちもこんな美味しいものを頂けるとは。ありがとうございます」

「喜んでいただけて幸いです」

 千尋はフォークで器用にまんじゅうを切って口に運びながら輝夜にお礼を言う。

 普通客人が入ることはないイーストプレイン家のダイニング。そこで、イーストプレインの使用人全員と優里、そして輝夜と月彦がテーブルを囲んでいた。

「この緑茶……も、美味しいな……美味しいです」

 絢音も目を輝かせつつ慎重に自分の言葉を訂正した。

 愛子は無言だがおそらくは味わってもらえているのだろう。

 優里も生クリームとはまた違うあんこの甘味やそれを包む生地の柔らかな食感の虜になっていた。これもまた、イーストプレイン家のキッチンで作れたりするのだろうか。

「それで……そろそろ本題へ移ってもいいでしょうか?」

 輝夜は手拭きで上品に自分の口元を拭うと優里のことをじっと見つめる。

 優里は、やはり絢音たちを呼んでいて正解だと思った。サンチェス家の二人は外の人間を相手にすると途端に雰囲気が変わってしまって頼りづらい。そもそも今回は二人から十分な説明を受けていないのだから余計に緊張してしまう。おそらく輝夜は悪い人間ではないのだろうが、それでも判断を委ねられているという状況は心許ない。ここにいる全員の顔を全て見た後、優里は静かに頷いた。

「ふふ、おおきに。私は先ほども告げたように医者です。ウェストデザート家に優里さんの情報が入り、同じ令嬢としてなんとでもあなたを助けたいと思いました。苦しんでいる人間がいると知りながら放っておくなんて医者としてできませんから。昨日から奏人さんたちとテレビ電話でお話をしていましたが、やはり直接診ないことにはなんとも言えません。ですからこうして出向いた次第です」

「それは……ありがとうございます。でも先ほどもお伝えしたようにこれは呪術によるものでして」

「呪術でも病気でも人間の身体に異常が起きているという点では変わりありません。最悪あなたの発作を少しでも軽くする薬を処方できるかもしれない。だから、信じてくださいな。ね?」

 優里は自分の首元にある痣をなぞった。これが本当に医者の技術で科学的に治せるとは思えないが、それでも輝夜にであれば任せてみたいと思う。そう思えるほどに、彼女の瞳は湖の水面のようにキラキラと澄んでいて綺麗だった。

「お、お願いします」

「よし、説明義務は完璧やね。では奏人さん、先ほどお伝えしたように暫く彼女と二人きりにさせていただいてもよろしいですか? ここからは患者さんのデリケートな問題になるので、いくら執事さんと言えど立ち入りは禁止させていただきたいのです。代わりに月彦を人質として差し上げます」

「はい、承知しております」

「え、お嬢様?」

 爽やかに承諾する奏人に対して月彦は驚いたような声を上げる。ここは打ち合わせができていなかったのだろうか。

「月彦、私がもし彼女に対して失態を犯した場合あなたの命はないです」

「そんな……」

「ふふ、冗談やって。私は失敗しやんし」

 輝夜の笑顔を見て月彦は顔を赤くする。ひとまずこれで診察の契約は完了したのだろう。

 記憶にあるうちでは初めて医者に診てもらうことになる。一体何が行われるのか、まだ緊張の方が大きかった。

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