第13話:灰かぶりを育てた集落へ3
本当は優里が育ったトタン屋根の家へ向かおうとしたが、その必要はなくなった。
長老の家から出ると、目の前の広場にやけに人が集まっていたのだ。彼の家に数人の客人が来たことを見て物珍しく感じたのかもしれない。
優里からすれば皆見たことのある顔だった。さらに儀式の時、自分を取り囲んで観覧していた人たちでもあった。
その中に……運がいいのか悪いのか、二人の義姉と、継母の姿もある。
彼らは優里を見て顔をしかめた。容姿は変わったがやはり自分が優里だということくらいは気付くのだろう。
他の人間は流石に気付いていないようだが。
黒い痣が僅かに痛み、胸が圧迫されるような感覚がする。しかし、ここで動かないままでは詩織に教育してもらった意味がない。
一歩前に出てお辞儀をする。
「東の平野、イーストプレインより参りました、優里・イーストプレインです」
皆、呆然としていたが一人が「灰かぶりか?」と呟いた。そして周囲がざわつき始める。
「はい、ここへいた頃は灰かぶりと呼ばれておりました」
みすぼらしい姿はどこにもなく、目の前にいるのは白い肌の美少女だ。気づけば皆、目の前の優里の容姿に見惚れてしまっている。
「私は諸事情があり孤児としてこの集落へ連れてこられ……お義母さんの元で育てられました。皆様、今まで私に居場所をくださりありがとうございます。大変なこともありましたが十年来の仲間に会うことができ……今はイーストプレインで暮らしています」
「居場所? それは皮肉のつもり?」
優里が微笑むと、一人の女性が声を上げた。口紅の濃い赤い服の女性。彼女が優里を娘として育てた継母だ。
「いえ……事実です。だって本当に追い出したかったら追い出すこともできたのに、私に役目を与えてくださり、屋根裏に住まわせてくださった。それがあったから私は十年生き、今に至るのです。ですから、まずはお礼を言いたくて」
継母の隣にいる二人の義姉は気味の悪そうな顔をして立っている。彼女たちも散々優里をいじめてきたのだ。悪く言われてもおかしくはない。
「勿論嫌なことは沢山ありました。どれだけ掃除をしても文句を言われたり、自分だけご飯を与えてもらえなかったり、遠くの町まで一人で大量の買い物にいかされたり、新しい服がもらえなかったり。朝起きるたびに憂鬱な日々でした。暖炉の中に入って灰や煤にまみれては辛くなる日々でした。けれどそこで学んだ家事や……ちょっとしたことの中に幸せを見つける力はこれからも役に立っていくと思います。意味のないことなんて一つもないんです」
包み込むような優しい声に誰もが聞き惚れる。思えば優里の言葉をきちんと聞く人間なんて誰もいなかった。もし言葉を交わしていれば、みすぼらしさの中に隠れている彼女の宝石のように美しい性格に気づいていたのかもしれないのに。
「私たちが憎くないの?」
と、姉の一人が言う。散々意地悪をしてきた自覚はある。わざと部屋を汚して掃除をさせたり、ストレスの吐口として暴力を奮ってきたこともあった。
優里は頭に大きなリボンをつけた姉の姿を見つめえた後、
「憎いですよ」
と、答えた。
「……そうよね、やっぱり」
「ですが、それも今日で終わりにします。だからもうあなたも他の誰かに意地悪はしないでください。誰かを悲しませるような人にはならないで欲しいのです」
優里はそう言って微笑んだ。姉や継母の顔が固まる。
同じ家にいながらまともに言葉を交わそうとしなかったのが今になって悔やまれる。それでも、手遅れだった。
「優里お嬢様、そろそろ」
「はい」
空が赤らみ日暮を告げる。奏人はそっと優里の背中を押した。これ以上何かを話してもきっと進展はない。優里の気持ちもそろそろ吹っ切れたはずだ。
それに……本人が気がついているかは分からないが、彼女の手は小刻みに震えている。顔に出さないのは流石だが、これ以上見てはいられなかった。
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