第43話 ソウレイン都の奇跡
◆ソウレイン都の一般区、広場◆
大勢の人が行きかう広場の中央に演説台が急遽設置された。
それが演説である事は領民の誰もが知っている。
ここで演説を行うという事は、もしや次期辺境伯の発表ではないかと噂が流れ、噂は一気に広がり多くの領民が演説を楽しみにしていた。
武功に長けて誰よりも先陣に立つ次男カイルは、多くの人達に支持されている。
だが、三男のカインもそれに負けず劣らずで、どちらかというと策略が上手く、何度も隣国のバルバギア王国軍を撃退する兵法を提案していた。
さらに戦いだけでなく、治安維持や経済維持にも強い関心を持ち、日々領民のために頑張っている模範的な候補であった。
その中、長男であるキャンバルは毎日癇癪を起し、暴飲暴食と絶えない悪い噂により、誰一人応援する事などなかった。
そんな中…………。
完成した演説台に一人の青年が上がってくる。
美しい金髪と金色に輝く瞳は、多くの人を祝福するかのような神々しさを醸し出していた。
そして、彼は手に拡声器を持つ。
「ソウレイン都の領民達よ。初めまして。私はインハイム家の
その声に広場は一気にざわつきが起きる。
無理もない。彼らが知っている長男のキャンバルは決して美男子でもなく、知的な雰囲気は全くないと誰もが
ただ、それは本当の事であり、嘘ではなかったのだ。数か月前までは。
「私が今日ここに来た理由は一つ。私が管理しているジアリス街が大きな発展を遂げた。それはここにいる多くの領民のおかげでもある。まずその礼をさせてくれ。ありがとう」
深々と頭を下げる。
一体何が起きるのか想像もできない領民達がわざつく中、キャンバルの後ろに睨むかのように次男のカイルと三男のカインが佇んでいた。
「そして、ここからが本題となる。私はこれから――――バルバギア王国と交流を持ちたいと思っている」
バルバギア王国は王国にとって最も憎むべき存在で、仇である。
多くの王国軍や王国民が被害を受けた。
その数はもはや数える事もできない。
それを知っている領民達は、彼らに慈悲を与えるという選択は毛頭ない。
だからこそ、キャンバルの言葉は、彼らには理解できず、中には悲鳴をあげる者まで現れた。
「長年バルバギア王国と、我が王国は戦いに明け暮れた。それで失われた命はもはや数える事もできない。だからこそ、私は交流を持つべきだと思っている」
誠心誠意の演説だった。
その心には嘘偽り一つなく、心から領民を思っているからこそ、交流を持つべきだと思った。
だが、それが領民にそう簡単に受け入れられるはずもない。
「ふ、ふざけるな! バルバギア王国軍に俺の父はなぶり殺されたんだ! 笑いながら殴られ目の前で殺されたぞ! 許せるはずがなりだろう!」
「私の母さんはバルバギア王国軍に連れて行かれた! どんな目に遭ったかなんて、想像もしたくない! 許せないよ!」
「そうだそうだ! お前みたいな
声は次第に怒声に変わる。
人の悪意が、たった一人の人間に、キャンバルに向けられる。
怒声はどんどん溢れ、キャンバルに物を投げつける者まで現れた。
数分。
怒声と投げられる物をただただ受けるキャンバルの姿があった。
少し離れた場所。
キャンバルの姿を見て、涙を流し続ける女性がいた。
世界で最も愛する人が目の前で、愛する領民から敵意を向けられている現状に、ひたすらに涙が流れた。
でも、彼を信じるしかなかった。
自分が愛した人だから。だから両手を合わせ祈り続けた――――――彼の想いが領民に届きますようにと。
「私は――――バカかも知れない」
広場にキャンバルの声が響く。
その答えに領民達の声が一斉に沈み返った。
「ここに集まっている領民達の苦しみ。しかと受け取った。其方達が今まで受けた苦しみ。痛い程伝わってきた。それが答えなのだと思う存分感じる事ができた。だからありがとう。俺にその辛さを、悲しみを、虚しさを伝えてくれてありがとう」
誰一人物を投げる者はいなくなった。
「私が思うのは…………俺達の子供はそうであるべきじゃないと思う。これだけ辛い想いを、俺は次世代の子供達に継ぐべきじゃないと思う。ジアリス街には元々この領都のスラム街に住んでいた人達が移って来てくれた。中には隣国との戦いで生きる気力を失くし、親を亡くした子供も沢山いる。だが、彼らに必要なのは果たして復讐なのだろうか? 隣国のバルバギア王国を滅ぼしたとする。それで彼らは満足するのか? ここにいるみんなは納得するのか? あの国になって其方達と同じ人間がいる。子供がいる。彼らだって涙を流す。悲しむ。その辛さは――――誰よりもここに集まっている其方達が知っていよう」
キャンバルの問いかけが領民の心に刺さっていく。
誰よりも戦争の辛さを知っている。
だから、心の中で戦争が終わって欲しいと願っている。
でも戦争は終わらない。
その理由は単純だ。
どちらも剣を握って睨み合うからだ。
「血で血を洗っても、其方達の心も現実も子供達も血に染まるだけだと思う。私はそれが一番悲しい。ジアリス街を走り回っている子供達は――――幸せそうに笑顔を浮かべている。それは戦争が終わったからか? それとも隣国軍を討ち滅ぼしたからか? 違う。彼らに必要なものは――――――平穏だ。決して戦争で得る事のできない平穏だ。もし相手を滅ぼしたからとして、我々に平穏が訪れるのか? 私は訪れないと知っている。彼らの生き残りがまた我々に剣を向けるのは当然のことだ。何故なら――――――ここに集まった其方らと同じだからだ」
一人、また一人、手に持っていた
広場に物が落ちる音が響き渡る。
それは諦めの音ではない。――――希望の音だ。
「私には守りたい領民がいる。ジアリス街の者だけじゃない。ここにいる領民のみんなを守りたい。苦しむより笑顔でいて欲しい。笑って欲しい。心から幸せに大声で笑って欲しい。そのために美味しい果物を食べて、元気に走り回って欲しい。だから――――私は隣国と交流を持ちたい。彼らを知る事で、彼らと争う必要がない事を示した」
キャンバルは懐からとある石を取り出した。
彼同様金色に輝いている石から眩い光が周囲に広がっていく。
「これは女神石。私はこの石の前で誓おう。領民の幸せのために、隣国と分かり合う道を必ず見つけ出すと――――」
のちに、【ソウレイン都の奇跡】と称されるキャンバルの演説は終わった。
多くの領民の心にキャンバルの言葉が深く刺さった。
中には納得ができず涙を流す者も少なからずいた事だろう。
だが、彼らもまた自分の子供に悲しみの苦しみを継いでほしくないと願う。
だからこそ、最後の最後に今一度、インハイム家長男であるキャンバルに賭けてみようと思った。
それから数日後、辺境伯領の西北側、最もバルバギア王国軍との戦争を多く経験したカルガディア要塞でも同じようにキャンバルの演説が行われた。
ソウレイン都と同じく多くの敵意に晒される中、それでもキャンバルの言葉は多くの人に深く刺さり、やがて辺境伯領には隣国バルバギア王国との和平を求む声が大きくなり始めたのであった。
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