第13話 その執事。苦悩の果てに。
その日の夜。
一人の影が屋敷を出て行こうとした。
「セバスお爺さん」
「なっ!? キャンバル様…………」
影の中から現れる僕に驚いたセバスお爺さんがすぐに僕から視線を外して下を向いた。酷く――――悲しむように。
「こんな夜にどこに行くのですか?」
「…………少し会いたい人がおりまして……」
「僕もついて行ってもいいですか?」
「そ、それは…………なりません……」
「どうしてですか?」
何故か僕は行ってはダメだという。
でも、どうしてか、ここでセバスお爺さんと離れてはいけない気がした。
「キャンバル様。どうか私をこのまま行かせてくださいませ」
「…………ついて行きます!」
「な、なりません!」
酷く悲しい表情だ。
ああ……僕はこういう表情を見た事がある。
あの日。母さんの顔を最後に見たあの日だ。
母さんが涙をこらえる姿と全く同じだ。
「セバスお爺さん。僕ね。キャンバルさんじゃないんです」
「っ!?」
「以前にも言いましたよね? 僕は鈴木誠也といいます。ここじゃない場所から…………多分もう二度と戻れない場所からここに来た気がするんです」
「…………」
「僕がここに来る直前。母さんの泣く顔は今でも忘れていません。そんな顔がいま目の前にあります」
「そ、それは…………」
「セバスお爺さん。僕がこの世界に来て、一番最初に会った人がセバスお爺さんなんです。それに、僕に食べ物をくれたのも、アレクお兄さんと会わせてくれたのも、ジェラルドさんに会わせてくれのも――――」
「違います! 私は……ただ執事として当たり前の事をしただけです…………そう……キャンバル様が幼かった頃からやっていた当然の事です…………ですが……」
その場で泣き崩れる。
「私は……執事として…………やってはいけない事を……やってしまいました…………」
震える手を見つめながら懺悔するかのように、セバスお爺さんは大粒の涙を流し続ける。
「この手で、あろうことか……キャンバル様を――――――殺そうとしたのです…………もし貴方様がキャンバル様ではなくスズキセイヤ様なのであれば……私の手でキャンバル様を殺した事になるでしょう…………」
「僕がここに来る前に患ったという高熱ですか?」
「…………はい。あれはただの高熱ですが、身体中の水分を急激に無くします。肥満体型ならもって三日だと思いました…………ですが、キャンバル様は生き残れました。例え、中の人が変わってしまったとしても。本来なら主を手に掛けた罪としてこの命をその場で捨てるつもりでした。ですが………………」
言葉が詰まって話せないでいる。
でもどうしてか僕はその答えを知っている。
「どうしてもキャンバルさんが気になって待っていたのですね」
「っ!」
「殺そうとしたけど、それでも心配で一睡もせず、三日間ずっと扉の前で僕を待っていたんですよね?」
「そ、それは…………」
「セバスお爺さん。きっと昔の僕は、わがままで平気で人に酷い事もしていたと思います。でもそれはセバスお爺さんとジェラルドさんのせいではないんです。全部昔の僕が弱かったせいだ。だから、二人が悩む必要はないんです。昔の僕があれ以上……
セバスお爺さんは、僕が目覚めてからもずっと悩みながらも、屋敷で誰よりも頑張ってくれた。
僕が困らないように何でも先回りして準備してくれて、屋敷を一人で全て管理してくれて、困った町民達の想いまで背負っていてくれた。
どうして、昔の僕はこんな素晴らしい人がすぐ隣にいるのに、自ら敵を作り続けたのだろう。
「セバスお爺さん。ジェラルドさん。僕にはどうしても二人が必要です。こう見えても、実は僕、8歳なんですよ? まだまだ分からない事ばかりで…………ようやく自由になったのに、一番隣にいて欲しい人が
「キャンバル様!」
母さんと離れて思った事がある。
近くにいる時は気づかなかった。
ずっと隣にいられると思っていたし、別れるなんて思ってもなかった。
だから、今度こそ、別れたくないとちゃんと言おう。
わがままでもいいじゃないか。
子供でも大人でもそんな事関係ないと思う。
もし大人が我慢しなくちゃいけないというなら、僕はずっと子供のままでいい。
だから、今はわがままに言おう。
「僕はこれからもずっとセバスお爺さんとジェラルドさんがいるこの屋敷に住みたいです! わがままでもなんでもいい! 僕を…………見捨てないでよ…………」
「キャンバル様……」
気が付けば、セバスお爺さんが僕を抱きしめてくれていた。
隠れて僕達を覗いていたジェラルドさんも出て来てくれて、気づけば二人が僕を抱きしめてくれていた。
「キャンバル様。私は……母上様を亡くされたキャンバル様の母上様にはなれませんでした。それをずっと悔いて……最後くらいキャンバル様を自由にと思っていたのですが、それは私の思い上がりでしたね…………私はキャンバル様の母上様にはなれません。それは当然です。私は……キャンバル様の執事です。母上様ではなく執事として、キャンバル様に接しなくちゃいけない事が今になってようやく分かりました。一度キャンバル様を手に掛けた以上、それは許されません。その罰も受けます。ですが…………最後に、キャンバル様が大きくなられるまで隣で誠心誠意で仕えさせてください。この命果てるまで、我が主キャンバル・インハイム様に仕えると誓います。そして、いつか私がいらなくなったら、その時、罰を受けましょう」
微かに、セバスお爺さんの優しい声が聞こえた気がした。
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