第6話 全力疾走は気持ちいいです
次の日。
昨日の屋敷は住民達が訪れて来てとても賑わってくれた。
ミアさんを筆頭にメイドの皆さんの頑張りのおかげで、住民達の服が新しくなっていった。
それとサイズを合わせて靴の準備を進めている。
ミアさん曰く靴は服のように簡単にはいかないらしくて、その裁縫に数日使うそうだ。
それもあって、屋敷は最低限のメイドさん達だけ残して靴の裁縫に当たってくれているみたい。
僕はというと、朝食を食べてセレナちゃんにお願いして町の案内にやってきた。
――――と!
「は、初めまして!」
「「「…………」」」
セレナちゃんとの待ち合わせ場所に来たら、男の子が三人いて僕を睨みつけていた。
「キャンバル様、申し訳ございません。どうしてもみんなが…………」
申し訳なさそうに話すセレナちゃんの隣の男が睨みつけたまま一歩前に出て来た。
「ふん。領主様よ。何の風の吹き回しなのか知らんが、セレナは渡さないぞ!」
「バロン! キャンバル様にそんな言い方しちゃダメだってば!」
「ふん!」
「キャンバル様! 申し訳ございません!」
「セレナ! こんなやつに謝るんじゃねぇ!」
「バロン!」
セレナちゃんとバロンくんが言い争い始めて、それを暫く眺める。
この人達はどうして言い争うのだろうと眺めていると、バロンくんが悔しそうに僕を見つめた。
「えっと、僕は構わないですよ~それよりも早く街の案内をお願いします~」
「は、はいっ! ご案内致します!」
「ふん! こんなデブの案内なんてしなくていいだろう! 行くぞ!」
そう言いバロンくんがセレナちゃんの手を引いて走り出す。
その勢いに呑まれるかのように、隣にいた子分AくんとBくんも走り去って、僕もそれに釣られるかのように走り出した。
元々向こうでも走った事がなく、どう走っていいかもわからなくて、ただ目の前に僕から遠ざかる皆と離れたくなくて、必死になって走り続けた。
走ると、何故か息が苦しくなって、息を繰り返すのも難しくて、でも――――――――
凄く楽しい。
以前母さんから自転車に乗ると風が気持ちいいと聞いたことがある。
きっとそれに比べたらまだまだだと思う。
でも僕にとっては、今まで感じた事もないくらいに――――気持ちよくて楽しい。
荒れる息を吐きながらたどり着いた場所では、セレナちゃんが心配そうに僕を見つめていた。
「きゃ、キャンバル様! 大丈夫ですか!?」
「はぁはぁ…………う、うん……だい…………じょう……」
「へっ! こんなデブや――――」
次の瞬間。
セレナちゃんがものすごい怒った顔でバロンくんの頬を叩きつけた。
うおおおおお!
これが俗に言うビンタってやつかああああ!
ビンタって映画の中でしか見た事ないけど、実物を見るとものすごい迫力だ~!
でもどうしてかセレナちゃんは悲しそうな表情を浮かべていた。
「バロンの馬鹿! キャンバル様はね! 私達のためにご自身の布を使って服を作ってくださったのよ!?」
「はあ!? ふ、ふざけるな! そいつがここに来てどれだけ大変な目にあってると思うんだ!」
「そ、それは…………」
バロンくんが怒る感情をむき出しに、僕を睨み続けるが、その中にも――――悲しみを感じる。
「そいつのおかげでうちのお父さんは足を折って、まともに走れなくなったんだ! お金があれば回復できると言っても俺達にそんなお金なんてある訳もないんだよ!」
バロンくんが僕――――いや、キャンバルさんに抱いた感情が何となく伝わってくる。
彼のお父さんがどういう感じになっているのか分からないけれど、キャンバルさんがやったのなら…………僕が何とかするべきかな。
「それでもよ! だからといって、こうして私達のために頑張ってくださった方を無下にしないでよ! そんなバロンなんて――――大嫌い~!」
大嫌い~!
――大嫌い~!
――――大嫌い~!
セレナちゃんの言葉が周囲に広がっていく。
映画で見た事あるけど…………何というか…………ビンタよりダメージが大きそうだ…………。
「で、でもよ!」
「でもよじゃありません! 謝って! されたからと言って、そのままし返したんじゃ同じじゃない!」
「なっ!? それとこれは!」
「違わない! 私には同じにしか見えない! キャンバルさんを見て!」
みんなが僕に注目する。
まだ息があがっていて、ちょっと見られるのが恥ずかしいかも。
「こんなにも息をあげながら、私達を必死に追いかけて来てくださったのよ!? こんなに辛そうにしているのに、何も感じないの!?」
「!?」
一気にみんなの空気感が変わっていく。
これは…………
ドラマでしか見た事がなかったけど、セレナちゃんにはネゴシエイターとしての才能があるんだね!
空気感が変わった3人の男の子達は申し訳なさそうな表情で、僕の前にやってきて、頭を深々と下げて謝ってくれた。
恐らく僕に意地悪をしたからだと思うけど、僕はそういう事は全く思ってない。
寧ろ、走る楽しさを教えてくれてありがとうと思う。
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