ワンルームダンジョン
杜村
目覚めその1
アラームが鳴った。
【起きて支度をして出かけましょう】
今日こそ起きて、飯を食って、ちゃんと家を出るんだ。
でも、頭を起こしたらめまいがする。吐き気もする。腹も痛い。
無理だわ。
【起きられませんでしたね。では。もぐもぐごっくん】
今朝も奴の腹の中。
※※※※※
めっちゃ吐き気がするのに、コーヒーの香りを嗅がされるとか結構キツい。
今朝は、某カフェそっくりの場所に送られた。例によって、出入り口は鉄格子で封鎖されている。
窓際(と言ってもガラスの向こうは牛乳のような霧がうごめいている)のカウンターには、薄いノートパソコンを開いたビジネススタイルの若い男性たちしか座っていない。
俺の体感温度からすると夏なのに、女性客たちは茶系統かモノトーンのセーターを着ている。
君たちは汗をかかないのか? 俺の頬に汗が流れていたら露骨に嫌な顔をするだろうに。
パジャマ代わりのよれたTシャツと短パン姿の俺は、腰のポーチを開いて装備3番を選んだ。黒いTシャツとストレッチパンツ、細い縦縞の入ったボタンダウンの長袖シャツ、スエードのスニーカー。防御力高めになっているはずだ。
決まりに従って注文口に並ぶ。
何度かの困難を乗り越えて、期間限定メニューの写真を指差すという技を身につけた俺は、歴戦の勇者の余裕を持って窓口嬢と対峙した。
ところが、何ということだろう。カウンターに置いてあるはずの、写真入りメニュー表が無いではないか!
慌てて見上げた先には、小洒落た灯りで照らされたメニューボードがあるが、そこにあるのは文字列のみだ。
背後に並ぶ人数が増えてゆく気配に焦りつつ、あの大食いの孤高の戦士の言葉を頭の中で唱える。
『焦るんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ』
いや、腹が減るどころか吐き気を堪えているのだと、気付いた時点でダメだった。
震えながら『勘弁してくだせえ』と言おうとしたところで、頭の右後ろ上から「オータムビターショコララテのショートにマラスキーノ・チェリーシロップ追加で二つ」という声が降ってきた。
窓口嬢の目元が蕩けたのを見るまでもなく、声で奴だとわかった。怒りで手が震えたが、声が出てこない。
しかもあろうことか、奴は俺の肩を抱えるようにして商品受け取り口へと促したのだ。
改めて『カネ』と言おうとしたが、支払いは電子マネーで済まされたようだ。
情けなくもトレーを受け取ろうとしたが、それさえもスマートに手を出されて、俺は奴の後ろをテーブルまでついて行くしかなかった。
「どう、最近は。今日も休み?」
「休みだよっ」
「そう。体が一番大切だから無理をしないで」
向かい合って座った奴は、外国アニメの王子様のようなぴらぴらテカテカの深い赤色のスーツを着ている。その顔がいわゆるイケメンであることは俺も否定しようがないのだが。
俺たちの頭上には、それぞれclearとfailedの文字が浮かんでいる。
このダンジョンの正解は、俺には全くわからない。
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