第41話 証人喚問・ラトクリフ裁判(1)
「うぅ……、船の整備がしたい。船ぇ……。ねぇ、ラブリス。もう俺行かなくても良くない? ラブリスだけで行ってきてよ」
「だめよ。あの男と直接会ったのは、私と君だけなんだから、証言はちゃんとしないと」
「だからってわざわざ王都にまで呼ばなくてもいいのに……」
その日、エドガーとラブリスはユルシカから遠く離れたアゼルデンの首都、王都カリストーにいた。
王都と言っても、場所が穏やかでない。
中央国防省の中にある軍法会議所である。厳粛な雰囲気が漂う大理石張りのホールだ。
設置されたソファに二人ならんで、彼らは法廷の開始を待っていた。
今日、ここである重要な裁判が開かれる。
エドガーはこの裁判が嫌で仕方がない。できることならば逃げ出したい。
だが、それはこの数カ月の間で彼に起こったいろいろに関係するものである。
であるから、エドガーは逃げられなかった。
本当に、本当に嫌ではあるのだけれど。
そんな風に困り果てている彼を見て、ラブリスは少し笑ってしまった。
自分を陥れた人の裁判をみたくないなんて、本当にお人よしなんだから……と。
「ちょっとぐらい、言いたい事もあるんじゃないの? その元上司の人に」
「言いたいこと、かぁ……」
ユルシカ基地襲撃と時を同じくして起こった、中央工廠の爆破テロ。
その際に行方不明になっていたベンメル・リベリア。
彼がユルシカ基地を襲撃した部隊の指揮をしていたという報告が、事後処理に追われる中央国防省に届いた。
その報告は、軍上層部に衝撃を与えた。
開発局は、アゼルデン軍技術部の心臓である。そんな場所にスパイがいたというのだ。
国防省は、同国の防諜機関と共に、遅きに失したとも言える捜査を開始。
結果、ベンメル・リベリアなる人物は存在せず、彼を含めた数人が爆破テロ後に消息がつかめなくなっている事を突き止めた。
だがそれだけだ。
エドガーに接触したベンメルと名乗っていたガブリ―ル・クライネフを筆頭に消息を絶った人間の身柄を誰一人として抑えることができなかったのだ。
捜査は今も続いているが、目立った成果は無い。
ラブリスの証言から、背後にいるのはガニメデ連邦であることは間違いない。
だが決定的な証拠もなく、ガニメデ本国も関与を否定している。
一国の王女が拉致被害にあったとはいえ、これを発端として戦争を始めるわけにもいかず、事件は早々に暗礁に乗り上げた。
そんな中で今日の軍法廷では、彼を開発局に招き入れた、ある人物の処遇が争点になる。
エドガーの元上司、開発局長ラトクリフ・ハイエンバッハである。
(局長、大丈夫かな……)
エドガーの心中は複雑だった。
局長だって、ベンメルに騙された被害者じゃないか。
そうエドガーは思っているのだが、どうやら今ラトクリフが置かれている立場は非常にまずいものになっているらしい。
(気まずいし、向こうも俺の顔なんて見たくないだろうし……)
ラトクリフのことになると、過去に受けた心の傷がじくじくと痛む。それも彼がこの裁判に乗り気ではない原因だった。
「エドガー先輩!」
その時だ。歓喜をともなった甲高い声と共に、エドガーの胸に飛び込んできた娘がいる。
彼の元部下、リリサ・アンブレラ中尉だった。
「リリサ中尉! 久しぶり……って、その頭どうしたの! 怪我⁉」
リリサは痛々しくも、頭に包帯を巻いていた。
開発局での爆破テロによりミラージュがすべて破壊されたという話は聞いていたが、彼女が怪我をしたとは聞いていなかった。
「テロで、怪我を……」
エドガーの頭からサーッと血が引く。
大事な後輩であるリリサ中尉を傷つけた犯人であるガブリ―ルを自分は逃がしてしまった。それに対し、急に罪悪感が生まれた。
「あ、いえいえ、違うんです! これ、爆発には巻き込まれなかったんですけど、その後の片づけで、ころんでしまって……。ほとんど傷もないんです。包帯は念のためで」
照れくさそうに言う彼女のいつもの様子に、曇ってしまったエドガーにも徐々に笑顔が戻る。優秀な技術者であるが、彼女はドジっ子でもあった。
「そっか……、まぁ大きな怪我が無くて良かった」
「はい!」
満面の笑みを返す。再開は約半年ぶりだ。
リリサ中尉少しやせたかな? 俺が居なくなった後苦労させちゃったな。
とエドガーも申し訳なく感じた。だが、変わらず無垢な信頼と好意を向けてくれる愛すべき後輩に、頬が緩むのだ。
――そんな二人をラブリスは複雑な表情で眺めている。
(あれが、エドガーくんの後輩か。あの雰囲気デレデレじゃない。あーあ、またライバルが増えちゃった感じかなぁ。うーん、前途多難ね……)
そう思いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます