115.心配させ叱られたかったのね
夫婦の寝室はあるけれど、今夜はそれぞれ別に眠る。結婚式も初夜も済ませた私達も、このアルムニア公国でお披露目をしていない。民に大公妃として知らしめるイベント前に、同室は気が引けた。
今日は私とエルが客間に、リリアナとオスカルはそれぞれの自室で眠る。お父様達も客間に引き上げ、エルを抱いてベッドに入った。目を閉じてしばらく、ふと人の気配を感じる。身を起こし、少し迷って上着を羽織った。
ぐっすり眠るエルを置いて、扉に近づく。大公家の屋敷内は警備の衛兵が巡回するが、王宮のように扉の前に立つことはなかった。鍵を開けて廊下を見まわす。気のせいだったのかしら。誰もいないと思って、閉じようとしたところで見つける。扉の脇に寄りかかる小さな人影!
「リリアナ?」
「ん……おかぁ、さま」
人形のマリアを抱いたリリアナは、ごしごしと目元を擦った。慌てて上着を脱いで着せれば、肩や頬が冷えている。抱き上げて泣きそうになった。
「こんなに冷えて……っ」
起こしてくれたらいいのよ。扉を乱暴に叩いて、部屋に入れてと言って欲しい。全然迷惑じゃないし、体を冷やして体調を崩したらどうするの。話す内容はこんなに順序立っていなくて、バラバラだった。聞きづらいだろうに、リリアナは「はい」と小さく何度も相槌を打つ。
「本当に、わかってるの?」
叱る口調になったら、嬉しそうに「うん」と頷いた。そこで気づく。この子は私を本当の母親にしようとしてるのね。ぎこちない関係の義母ではなく、育ての母として愛してくれた。ならば私も応えるわ。
大急ぎでベッドの中にリリアナを入れ、隣に滑り込んだ。右側で眠るエルは目覚める様子がないので、そっと位置を入れ替える。リリアナの冷えた足に私の足を絡め、全身をぴたりとくっつけた。冷たい手を掴んで、私の手で包む。
「リリアナは悪い子ね。だから目が離せないわ」
リリアナの頬に頬を寄せて、そう囁く。やや温まった手を解き、背中に腕を回して抱き締めた。目が覚めるほど強く! 苦しいと感じるくらい密着した。
「悪い子はダメですか」
「あら、ずっといい子なんていないのよ。昔の私も悪い子だった。お母様に聞いてご覧なさい」
「っ、はい」
じわりと胸元に濡れた感触が広がる。泣いたリリアナに気づかないフリで、銀髪を撫で続けた。やがてリリアナの寝息が聞こえ、そこでようやく腕の力を緩める。リリアナの頬に寝着の皺がついていた。
義娘ではなく実娘よ。立派に育てて、アルムニア女大公として独立するまで見守る。オスカルのお嫁さんになってよかったわ。娘と息子、両方を得られたんだもの。一族の血を引く証である琥珀の瞳は閉ざされている。瞼に口付けて、私は温かくなったリリアナを柔らかく包んだ。
エルがごろんと寝返りを打ち、微笑んで彼も引き寄せた。明日は早く起きて、侍女を呼ばなくちゃ。リリアナが寝室にいないから、心配させちゃうわ。
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