72.壊れるのはいつも突然

 お母様は快く協力を約束してくれた。次のお茶会まで一ヶ月近くあるので、一緒に居間で作品作りに勤しむ。お母様が作っているのは、広げた手のひらより二回り大きな円形のレースだ。これは花瓶の下に敷いてもいいし、棚や宝石箱の埃よけにも使えるみたい。


 私はお母様のレース細工に合わせ、小さな雫型の水晶とビーズのお飾り房を作った。レースに飾りとして縫い付けたら素敵。そのままバッグやアクセサリーに付けても使える。


 レースの飾りに使うなら、一人分は5つほど必要ね。せっせと量産しながら、色に変化を持たせた。好きな色を選んでもらう。侍女達が綺麗だと褒めてくれるので、多めに作って残った分を分けることにした。まだ話してないけど、喜んでくれるかしら。


 近くで、リリアナは絵本を広げて読み始めた。お昼寝するエルは、日陰に置いたベビーベッドでうとうと微睡む。平和な時間が過ぎていく居間へ、お父様が駆け込んだ。


「無事か!」


「……何かありましたの?」


 お母様がすぐに立ち上がり、手にしていた編み針を侍女バーサに預ける。馬で帰ったお父様は、息を切らしてお母様を促した。子ども達がいる場所で話せない内容みたい。


「おね様、これ読んで欲しいの」


 いつもより難しい言葉が多い本を手に、リリアナがお強請りする。頬を緩めて承諾した。


 別室へ移動するお父様とお母様を見送り、本を開いた。リリアナが先ほどまで一人で開いた絵本より、文字が多い。絵はほとんどなかった。


 勇者がお姫様を助けに行く物語だ。幼い頃に読んだ記憶があった。懐かしい内容をなぞるように、丁寧に音読する。耳を傾けるリリアナは、驚いたり喜んだりしながら本を楽しんだ。


 子ども用に書かれた本を読み終え、顔を上げる。エルは起きたようで、小さな手を動かして柵を握ろうとした。最近よく見せる仕草で、寝返りを打ちたいのだろう。


「リリアナ、エルの様子を見ましょうか」


「いいわ」


 自分がお姉さんの立場であると自覚するリリアナは、元気よくエルのベッドへ駆け寄る。目一杯背伸びする彼女を、後ろから抱き上げた。重いけど、まだ大丈夫ね。あと1年もしたら無理かも知れない。


 一緒に覗いたベッドの中で、エルはうーんと伸びをした。仰け反る形で力を入れた手が、ぐっと体を起こす。


「頑張って」


 小さな応援の声が漏れた。シルビア様のお話では、立ち上がるまでが一番大変だと思ってたけど、歩くようになると苦労が倍増したらしい。子どもは一人の人間で、育つ間に苦労が積み重なるのは当然だった。


 その苦労を楽しめるなら、都度必死で世話するだけね。リリアナはぐっと拳を握り「あとちょっと」と応援する。微笑ましい気分で、近くにあった椅子を引き寄せた。リリアナをその上に立たせたところで、後ろから誰かに腕を掴まれる。


「きゃっ」


 ぐいと引く動きで転びかけ、リリアナから手を離した。一緒に倒してしまう。それがいけなかったのか、私は首に走った痛みに顔を歪めた。崩れ落ちたはずなのに、ふわりと浮き上がる。大きな目を見開いて泣き出すリリアナに「大丈夫」と伝えたけれど、届いたかしら。

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