35.皇帝陛下の謁見は和やかに

 皇帝陛下への謁見に赤子はまずいと考え、扉の外まで押してきたベビーベッドをバーサに預けた。お母様の乳母をした彼女なら、安心だわ。お祖母様も信頼している様子だった。


「お願いします」


「若様をお預かりいたします」


 お父様とお母様が腕を組み、私はその後ろに続く。赤い絨毯を歩く私達を見るなり、玉座から立ち上がったお祖父様が駆け降りてきた。そのままお母様を抱き締め、お父様と握手する。


「よくぞ無事に戻った」


 お祖父様の言葉に感動する私は、両手を広げる逞しい胸に飛び込んだ。幼い頃にも、こうして抱き締めてもらった。筋肉がしっかりついた腕は、苦しいくらい強く私を引き寄せる。


「お父様、ティナが苦しいですわ」


 お母様が止めたことで、ようやく離された。でも私の手を包むように握ったまま、玉座に戻る様子はない。先ほどお会いしたお祖母様も壇上から降りて、お母様と抱擁を交わしていた。


「感動の再会を遮る無礼をお許しください。陛下、宣言だけ済ませて頂きますよう」


 宰相を務める伯父様は、お母様のすぐ上のお姉様である第二皇女殿下を妻にした方よ。侯爵家のご当主だけど、現在は公爵家に格上げされているはず。


「おお、悪かった」


 お祖父様は笑いながら、壇上に戻らず宣言した。


「モンテシーノス王国エリサリデ侯爵アウグスト、並びに我が娘フェリシア、一人娘で孫のバレンティナ。そなたらを我がカルレオン帝国に迎え、公爵位を授ける。この場にいないひ孫ナサニエルまで、エリサリデ公爵を名乗るが良い」


「有難き幸せにございます。謹んで拝領いたします」


 お父様が恭しく頭を下げ、お母様と私がカーテシーを披露する。エンパイアドレスなので、いつもより深く膝を曲げた。このほうが綺麗に見えるの。


「さて、堅苦しいのは終わりだ。ひ孫の顔を見せてくれぬか」


 お祖父様はそわそわと、威厳のないお顔で扉の方を気にする。合図を受けて、開いた扉へ突進した。義伯父様が止めるより早く、ナサニエルに手を伸ばすが……ぴたりと動きが止まる。


「なんということだ……私にそっくりだぞ」


 嬉しそうに振り返る。バーサにベッドを押させて戻るお祖父様は、手を伸ばして触れるものの、抱き上げようとしなかった。何か気に障ったのかしら。心配になる頃、呆れ顔のお祖母様に叱られた。


「抱き上げたいなら、手を洗ってらっしゃい。リカルドもマルティンもよ」


 お祖父様と義伯父様が同時に叱られ、侍女が手を洗う桶を持ち込んだ。叱られながら何度も手を洗い直し、二人はお祖母様の前に並ぶ。バーサが抱き上げたナサニエルは、お祖母様の腕で笑顔を見せた。恐る恐る抱くお祖父様が、嬉しそうにナサニエルの顔を覗き込む。


「みろ、私の顔を見て笑ったぞ」


「いえいえ。今のは私と目が合ったからでしょう」


 宰相のマルティン伯父様が張り合い、二人は睨み合うが……すぐに「あぶぅ」と声を上げたナサニエルに仲裁される。緩み切った顔で、お祖母様に取り上げられるまで、交互に抱っこし合っていた。

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