33.白亜の宮殿へ、ただいま

 あっという間に収納されるテントの片付けに、私は感動しながら馬車に乗った。揺られて半日もすれば、国境を示す門が現れる。大きな壁が両側に広がる光景を想像していた。


 モンテシーノス王国とアルムニア公国の間は、古い城壁と門があったから。砦のような門は彫刻が施され、戦うためでなくて見せる建築物だった。立派だけど扉は両側に開いたまま、誰でも勝手に通過する。それどころか、放し飼いの家畜が勝手に出入りしているわ。


「事実上、自国内だもの。こんなものよ」


 お母様は明るく言い放ち、窓から手を振った。皇族は滅多に宮殿を出ないが、お母様はあちこち旅をしたらしい。国内視察に同行した経験もあるため、そのお顔は知られていた。嫁いだ後も人気が高いお母様が手を振ると、あちこちで歓声が上がる。


「相変わらず人気が高いな。リカルドが来るより歓声が大きいぞ」


 ひいお祖父様は、そう言って笑ったけど、さすがに冗談だと思う。自分の馬を部下に預け、ひいお祖父様は私達の馬車に乗り込んだ。腰が痛いと言うので心配したけれど、ただの我が侭でした。馬車に乗り込む理由が欲しかったようです。


 お父様が「その手があったか」と悔しそうに呻いたのが、なんとも……複雑でしたね。


 ひいお祖父様はナサニエルを抱いて、頬を緩める。その姿は、他国に恐れられた先代皇帝陛下には見えなかった。どこにでもいる、普通の祖父のよう。


 皇族は結婚が早いようで、お母様が私を産んだのは18歳でした。私も18歳で嫁ぎ、20歳でナサニエルを産んでいます。お祖母様は他国から16歳で嫁いだとか。すぐにお祖父様の子を宿したので、ひいお祖父様が玄孫と対面が叶いました。


「わしは、ナサニエルと過ごす時間が短い。少しでも長く触れていたいんじゃ」


 しんみりした雰囲気になりそうなひいお祖父様の言葉に、お母様は「あらあら」と笑いながら一刀両断です。


「殺しても死なない。この私より長生きしそうな方が、何を仰るやら」


 ぐぅ、ひいお祖父様が奇妙な音を出して黙り込むので、後で教えてもらったのですが。将軍閣下に、ご自分で公言なさったそう。お前より長生きする、殺しても死んでやらんと。戦場でのその逸話を、得意げに孫のお母様に語ったのが、返ってきた。


 ナサニエルは時々目を覚まし、すぐにまた眠る。音のする玩具を振れば興味を示し、お腹が空いたりオムツが濡れれば泣く。当たり前なのに、この繰り返しがとても幸せなのだと、改めて実感しました。


 国境を越えた隊列は速度を上げる。整えられた大街道は、揺れも少なく快適でした。国境から5泊して、ようやく首都リベラに入る。長い道のりを経て、何度か滞在した宮殿を見上げた。


 後ろに山脈を借景し、緩やかな斜面を利用した宮殿は迫力がある。街との間を隔てる門を通れば、その先は森が広がっていた。窓から入る風が、やや冷たくなる。揺れる葉擦れの音、ひんやりした空気、その後に開けた宮殿は真っ白な姿で私達を迎えてくれた。


「久しぶりだわ」


 思わず漏れた言葉に、ひいお祖父様が訂正を入れた。


「そうではない。ただいまと、そう言っておくれ」


「はい、ひいお祖父様。ただいま帰りました」


「私もね、ただいま」


 お母様も続いたので、ひいお祖父様は二人まとめて「お帰り、よく戻った」と返す。直後にナサニエルが大泣きした。まるで「自分を忘れてる」と抗議するみたいに。

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