30.この感情は恋じゃない

 目が覚めた私は、手を握るお母様に気づく。すぐにお母様が私の手を頬に寄せた。


「具合が悪いなら言えばよかったのよ。我慢してしまったのね」


「ごめ……なさい、リリア……は?」


 彼女を巻き込まなかったわよね。それに自分を責めたりしてない? 心配で口をついた言葉に、反対側から声がかかった。


「心配ない。リリアナにはオスカル殿がついている。それに大公閣下もいるさ」


 お父様の声に顔を向け、泣き出しそうな表情に申し訳なさが募った。肝心な時にちゃんと振る舞えなくて、ごめんなさい。謝りたいけど、声に出したら悲しませる。だから飲み込んだ。


「抱き止めたが、痛いところはないか?」


「いいえ。ありがとうございます、お父様」


 あの場で比較的距離の近かったお父様が受け止めてくださったみたい。状況を尋ねれば、お母様が答えてくれた。先に渡された水を飲み、身を起こしてクッションに寄りかかる。まだ少し頭が重い。


 私がふらついて倒れた時、大叔父様はナサニエルを抱いていた。お母様はリボンを手にしており、距離が遠い。すぐに駆けつけたのは、お父様。私を抱き止めた拍子に尻餅をついたと笑った。


「うちの娘に色目を使っておきながら、あの場面でお前を助けなかった」


 オスカル様が私を抱き止めなかったことに、お父様は不満をぶち撒ける。それをお母様がやんわりと言い直した。


「オスカル様は、リリアナちゃんを抱き締めたのよ」


 私がリリアナの手を離したから、巻き込まれないよう保護した。当然だわ、養女なんだもの。そう思う私と違い、お父様は「お前に相応しくない」の一点張り。おかしくなって笑ってしまった。


「私に相応しくないのではなく、私が相応しくないのです」


 訂正しておく。離縁したばかりの子持ち夫人と、未婚の大公閣下。どちらが相応しいか、判断が逆だった。少なくともお父様と私は違う見解ね。


「お前が相応しくない? 誰がそんなことを!」


「私自身がそう思っています。それに恋ではありません」


 きっぱり疑惑を否定すると、胸の奥がかすかに痛む。刺さった小さな針が、ちくちくと存在を訴える感じだった。でも隣に並べられたベビーベッドのナサニエルを見れば、そんな痛みは消えてしまう。


「リリアナに会えるかしら」


 水で楽になった喉は、3歳の彼女を心配する心を吐きだす。あの子が自分を責めているなら、早く取り除いてあげなくちゃ。母になったせいか、幼子の気持ちが気になった。


「連れてくるわ」


 お母様が侍女に伝言を頼む。すぐに駆けてくる軽い足音が聞こえた。絨毯が吸収しきれないほど、勢いよく走ってくる。でも扉の前でぴたりと止まった。待ってもノックがないので、お母様が内側から開ける。


「あ、あの」


 泣きそうな顔で俯くリリアナを見て「やっぱり」と胸が痛む。お母様に促されて近づいた彼女に、ベッドへ上がるよう頼んだ。お母様が押し上げて、端にぺたんと足を揃えて座る。


 ぽろぽろと涙が溢れ、リリアナのオレンジ色の瞳が濡れた。その涙を指先で拭い、私は彼女を引き寄せる。倒れ込んでくる幼女を抱きしめた。ぽんぽんとあやすように背中を叩く。


「泣いていいわ。でも私が倒れたのは、リリアナのせいじゃないの。それだけ信じてね」


 理解するのではなく、信じて欲しい。そう言い聞かせて、泣き止んだ彼女が疲れて眠ってしまっても抱いていた。


「あなたらしいわ、ティナ」


 お母様は執事を呼び、ベッドをもう一台運び込むよう命じた。もしかして、この部屋に泊まり込むおつもりですか?

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