懲りない女子がそこに

 凡そ一時間もの拘束から解放された。


「罪作りだよねえ」

「なんでです」

「仲良くしたいって子も居るのに」

「都合よく使える道具ですよね」


 俺を見て「ほんと、その石頭、殴りたい」とか言ってるし。教員がそんなことしたら、今は大問題になるけど。


「それで良ければ」

「しないから。ただ思うのは自由」

「思想良心の自由ですね」


 勉強できるのに、性根が捻じ曲がりすぎてるとか、失礼な。

 帰り際「助けた子も邪険にしないで、少しは向き合ってあげて」と。要らん。早々に拒絶の意思を示した。いや、シカトしたが正しいか。

 二度と近寄らないようにな。


 学校をあとにして駅に向かう。

 ホーム上で電車を待つ間、スマホの画面を見ると、あいつら。


『先生となに話してたんだ?』

『エロいことした?』

『脂の乗った三十路ってどうだった?』


 こいつら、アホすぎて開いた口が塞がらねえ。

 生徒と教員が如何わしい関係になったら、世間様が黙って無いだろ。そもそも先生と言っても女だ。論外なんだよ。

 仕方なく話をしてるだけと気付け。


『滝田先生って年齢の割に、若く見えるよな』

『あれで独身だもんな。周りが見る目無さそう』

『でも、同じ学校内だと出会い無さそうだよ』


 バカ過ぎて言葉も出ない。グループチャットに参加する気にもなれねえ。

 電車が来るのを確認して、スマホをポケットに押し込む。ホームに滑り込み停車すると、下車する乗客のあとに続いて乗車するが。


 帰りまで一緒かよ。

 俺を見て縋るような目つきをしてるし。

 車内を少し進みつり革に掴まると、その横に来て俯いてるし。なんだよこいつ。朝のあれじゃ通じなかったってことか。

 ひと駅ふた駅程度通過した頃、袖を引っ張られる感覚がある。

 隣の奴が引っ張ってるようだ。見ると視線を逸らすが、すぐにこっちを見たり、周りを見たりと目が泳いでんじゃねえか。


「なんだよ」


 俯いてるし。

 つくづくはっきりしない奴だ。なんかイラっとするものもあるな。

 また俺を見てくる。


「用は無いはずだ」


 急に体の向きをこっちに向けたと思ったら、目の前に封筒を高々と掲げたよ。

 封筒越しに目で訴えてるって奴か? 受け取れと。とは言え、顔面真っ赤に染め上がってるな。

 そう言えば引っ込み思案とか何とか、母さんが言ってたな。だからこんな挙動不審者になるのか。

 でだ、電車が停車すると体を支え切れなかったのか、俺の方にもたれ掛かる状態になってるし。なんだってんだよ。


「おい、こら」

「……」

「なんか言え」


 口が動いてる感じはあるが、声はさっぱり聞き取れない。

 またしても抱き着かれて、だから寄り掛かってんじゃねえ。

 体勢を整えると封筒を目の前に差しだしてるし。くっそ、こいつもかなりストーカー気質だな。

 とりあえず受け取ってはみた。収まりが付かなそうだし。

 封筒はあとで捨てればいい。


 次の停車駅で下車するようで、その際に頭をペコっと下げて、車外に出たようだ。

 ホームから手を合わせてお辞儀をしてたような。お願いだから読んで返事くれってか? ねえんだよ。何を期待してるのかって話しだ。


 これって憑りつかれたって奴かもしれん。

 助けなけりゃ良かったと思う。


 家に帰ると今日は母さんが居る。早いな。


「おかえり」


 ちょっと話が、とか言い出してる。

 ここでもかよ。学校で散々先生に付き合わされたのに。


「座って」

「なんだよ」


 食卓の上にくしゃくしゃになった封筒と便箋。なんで?

 ゴミ箱からご丁寧に拾い上げて、中身を確認したってのかよ。母親ってのは息子のプライバシーを侵害する権利でもあるのか?


「返事したの?」

「なんで?」

「名前も教えないんだ」

「必要ない」


 で、失敗したと思ったが後の祭りって奴だ。


「その手に持ってるものも見せて」

「プライバシーの侵害」

「あんたねえ。プライバシーなんていっちょ前に言うなら、女子のひとりやふたり、囲ってから言いなさい」


 アホだ。

 晩飯抜くぞ、と言われ已む無く、さっき受け取った封筒を渡す。

 早速開封して中身を確認してるし。


「状況がよく分かった」

「そうか。でも俺には関係ない」

「あるでしょ」

「無いっての」


 助けてもらっての感謝の気持ち。そして以前から俺に対して好意を寄せていた。

 電車の中で見かけて以降、少しずつ気になりだして、気付いてみればすっかり虜状態。朝の時間帯も合わせ車両もドアの位置も。全部揃えて見ていたらしい。実におぞましいな。

 今回の件を切っ掛けに思いの丈をぶつけてみれば、無視されて相手にされていない。


「あの子の名前」

「知らない」

「これに書いてある。あんたも名乗ればいいのに」

「要らない」


 どうしてここまで強硬に断るのか、母さんには理解できないみたいだ。


「過去に何があったか、あんたが話さないから、あたしには分からない。でもね、世の中の女の子、みんながみんな、同じわけ無いでしょ」

「理屈ではそうなる」

「じゃないっての。あんたが接したであろう女の子は、ほんの一握りでしかないの」


 乞食とか言っていたけど、その逆にとことん尽くす子も居ると。下僕のように扱う女子も居れば、その真逆で奴隷の如く従順な子も居る。

 性格にしても千差万別。

 引っ込み思案な子も居れば、積極的な子も居る。


「この文面から察するに、この子は従順な子」


 だから下僕にならずに済むし、ちゃんと見てあげれば尽くすはずだと。


「まず向き合ってお試しで付き合いなさい」

「いやだ」

「あんたが思うような子じゃないから」

「いやだっての」


 やれやれと、深いため息を何度も吐いてるし。どうせ徒労に終わるんだから、無駄に付き合わせようとしない方がいい。女子なんてクソでしかない。存在自体がうざい。


「トラウマがあるんでしょ。いじめられた」


 あれをいじめ、なんて軽く言うならな。思い出したくもない。


「それは仕方ないけど。本当ならもっと早く気付いて、対処すべきだった」


 今さらだけど、やはり母親として心配だから、何とか克服して欲しいと。


「ごめんね。あたしが大切な時期に放置したから」


 これは親の責任でもあると。気付けない。自分のことだけで精いっぱいと、言い訳をした結果が今であり、取り返しがつかないのも分かってると。

 子どもにとって、どれだけ親の支えが必要か、そんなことすら考えなかった。その結果は甘んじて享受するが、将来のことも考えると、今のままでいいとは言えない。

 だからこそ、何としても克服して欲しいのだと、ついには涙を流して言ってる。


「謝ってもどうにもならないけど、でもね、康介には本当に申し訳ないと思ってるの」


 怒りをぶつけていいから、一緒に一歩ずつ前に進んで欲しいと。

 これまで母さんに対して、まず怒りをぶつけたことが無い。だから甘えたのもあるそうだ。

 少々の暴力だって耐えるとか言ってるし。暴力は振るわない。

 とにかく一度全部吐き出して、全てを母さんにぶつければいいと。


「ね、だから一緒に少しずつでも」


 こっちが呆気にとられる状態だ。

 親の愛情なんて感じたことも無かった。でも、心の奥底に求める気持ちはあった。手に入らないものがある、そう思ってずっと今まで来た。

 でもな。


「マジで今さらだ」

「分かってる。でもそれでもね、今のままは心配なの」


 なんで、こうも女ってのは母親でさえも面倒臭いのか。

 父親なら殴り合ってすっきりしたかもしれない。拳を交えて気持ちを伝えるなんて。母親に同じことなんてできない。

 それは奴にしてもクラスの女子にしても同じ。


「少し考えたい」

「分かった。でも前向きに考えて欲しい」

「それも含めて」


 一度自室に戻り考える、と言うか、考えたくもないが。それでもこのままだと、家の中でさえも居心地が悪くなる。

 どこかで折り合いをつける必要はあるんだろう。


 それにしても、奴を助けてから変化が激し過ぎる。

 とんだ疫病神だな。安易に正義感から、人助けなんてやるもんじゃない。

 今さら後悔する感じだ。

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