第3話 詩織と一枚のしおり
さっきまでの
時折聞こえる「サラッ」とも「ペリッ」とも取れるページを
チラッと
ここらへんは、さすが詩織と感服(?)してしまう。というのも詩織は無類の本好きなので読んでいる間はもうそれ一つのことにしか目をくれなくなるのだ。あれだけ「構って構ってー」と絡んでくる俺にさえ全く目をくれなくなってしまう。 ……と、こういうとなんだか俺が淋しがってるような感じに見えてしまうかもしれないが、断じて俺は寂しがってなんかいないんだからねっ‼
とまぁ、そういう茶番は置いといて。
詩織の勧めもあって決めたこの書籍であるが、なかなか面白い。物語としてはミステリーにラブコメが混ぜ込まれたような、たまに笑いあり殺人ありといったハチャメチャなものとなっており、今は恋人同士でラブラブな刑事二人が着実に犯人を追い詰めていっている。
そして犯人と考えられるのは、不動産屋の社長にその家の家政婦、そして偶然通りかかったおやっさんという、なかなか癖の強い人物が一人混ざりこんでいる。俺としては、偶然通りかかったおやっさんはが犯人なのはあまりにも意味不明なので、家政婦を犯人とあたりをつけて物語を読み進めている。
そして気づけば最終章の手前。
犯人の正体も分かり始めるところで、俺はページを捲る手を止めた。
(ん、これって……?)
最終章の絵柄が書かれたページを見つめる。
手に取った時は全く気付かなかったが、そこには一枚の厚紙が挟まれていた。
ページとページの間に挟まった長方形型の厚紙を取り出すと、やはりしおりであったが、しおりはしおりでも手作り感満載なしおりだった。即席でも作れるようなただ厚紙を切り抜いた(若しくは元々その形をした)簡素な物で、しおりと言っても良いものか
普通なら、前に読んだ読者が即席でしおりを挟んだのだろう、くらいの軽い気持ちで本から取り出して気にせずに読み進めていくのだが、そのしおりには一つ気になることが“書かれてあった”。そこに書かれていた文字を俺が目で追っていると、俺がおかしな反応をしていることに詩織も気づいたようだった。
「どうしたんです? ただでさえボヤーっとしている顔を更にボヤボヤーっとさせて」
どうしてこう、一言多いのだろう。親の顔が見てみたい、というか親の代わりに詩織の頬を一発ぶってやりたいが、今はグッとこらえる。
「俺がボヤっとしてるのは生まれつきだから仕方ないだろ。 そうじゃなくてだな、このしおりが……」
「確かに私は詩織ですけど」
「お前の事を言ってるんじゃなくて! ほら、これだよ、これ」
俺は彼女の顔の前でひらひらとその厚紙を泳がせる。
そのしおりを受け取るなり、彼女の瞳がキラッと光った。興味深いということを隠し切れないのだろう、口端が上がっている。
「へぇ、面白いしおりですねぇ」
戦隊モノの女幹部のような薄笑いを浮かべて先ほどの俺同様まじまじとしおりを眺める。やはり彼女はマッドサイエンティスト的な資質があるらしい。
彼女の指摘に俺も頷く。
確かに彼女が言ったように、このしおりはなかなか面白いしおりだった。というのも、しおりには――「これは
「これってさ、絶対誰かにあてたやつだよな」
「そうでしょうね」
へぇ~小説みたいですね~、と興味津々にしおりを見つめる詩織。心なしか飄々とした彼女の声色もいつもと比べて声がワントーン上がっているような気がしないでもない。
「なぁ、どうする?」
「どうするって、どうするんです?」
「いやだから、このしおりはどうしようか、って言ってるんだよ。 このまま本に入れといてもあれだし、かと言って次の本を探し出すってのも……」
そう言って、もう一度しおりに目を落とす。
しおりには文芸部室に蔵書されている本に次のしおりが挟んであるという旨が書かれているが、かと言ってその指示の通りに次の本を探そうという気にもあまりなれなかった。だって誰がどう見たって、このしおりを書いた主が送り先に想定しているのは恐らく送り主が好きな相手だから。私の想いを伝える――その人の為に書いたしおり型のメッセージを、俺達のような部外者が面白半分で探し出すというのは、気が引けたのだ。
別に、この膨大な蔵書から探すのはダルい、という訳ではない。決してない。
良心から躊躇っていることを彼女に説明する。
恐らく詩織も俺の考えに同意してくれるはずだ。俺に対しては躊躇なく罵倒したりしてくる奴ではあるが、他の部員に対しては案外気遣いできる面を見せている。このしおりを書いた主が俺であった場合は、容赦なく次のメッセージが書かれた本を探すだろうが、果たして他人が思いを込めたしおりを探し出すようなことを彼女はするのだろうか。
「はぁ――先輩は相変わらずヘタレですね。 そんなの次の本を探し出すに決まってるでしょ。 何のためにわざわざ書いてくれてると思ってるんですか?」
俺はすぐに反論できなかった。
そして反論する代わりに、反省することにした。まさか俺も自分の見立てが甘かったということをこの数瞬のうちに彼女から教えられるとは思っていなかった。加えて俺は詩織の事をいくらか理解できたと思っていたが、俺の中での詩織像というものを再構築しなければならないことを学んだ。
ぐぐぐ……と言葉に詰まる俺に対し「やれやれ」と詩織はなぜか若干呆れている。
あれ、これって俺が悪いの?
俺はめちゃくちゃド正論を言ったつもりなんだけど。
「先輩はもう少し、書かれている文を読みましょう。 どう見たってこれ、次の本探してくださいって言っているようなもんじゃないですか」
「で、でもだなぁ?」
「でも、でも……ってすぐ言うのが先輩の悪い癖ですよ。 デモは国会議事堂前でやってください」
詩織は椅子から立ち上がると、次の書籍を探すべく本棚に対面した。
ここまでやる気を見せる詩織も珍しい。
いつもなら「なかなか面白そうですし、先輩探しておいてくださーい」的な感じの事を言ってくるのが相場なのだが、今回は自主的に本棚を上から順に眺めている。といっても、文芸部の本棚は結構な蔵書に溢れている。
いくら日頃から本を読んでいる彼女であっても、示されているしおりが隠された本をすぐに探し出すのは困難だろう。しかし右側の本棚から丁寧に探している彼女を見ていると、「仕方ない」という気持ちが俺の中にも湧いてきた。
あまり気は乗らないものの、俺も一緒に探すとしよう。
「詩織。 俺は左側から見ていくから、こっちはまかせろ」
「分かりました。 時間はかかるかもしれませんが、一冊ずつ本を開いてみていきましょう」
「分かってるって」
うちの部室には高さが170センチくらいの本棚が5つ並んでいる。そしてキッチキチに詰められた本がそこには詰まっており、数の多さから下手をすると一冊飛ばしたりして見落としてしまう可能性もある。
細心の注意を計りつつ、一番上の棚の一番左端の本を手に取った俺は、一瞬だけ息を飲みこんで詩織の方を見た。
「あったわ――」
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