ウザい後輩は好きですか?
春野 土筆
第1話 ウザい後輩と二人だけの部室
一か月前までは陽炎がゆらゆらと
こういう、人にとって過ごしやすい気候であるからだろうか、この季節には「○○の秋」という言葉がしばしばと聞かれる。メディアを見れば食欲の秋だの言って栗や芋といった食材を使ったスイーツの特集で溢れかえっている。
それ以外にも、スポーツの秋や芸術の秋……などなど色々な言葉を繋ぎ合わせて、秋という季節をそれぞれが存分に楽しもうとする姿勢がとても良く伝わってくる。その人にとって、○○の秋というのがあるのではないだろうか。
その中で俺が思うのは、「読書の秋」である。
秋といえば過ごしやすく読書にもってこいの季節であり、ずっと本に目を落としていても疲れにくい。だから、俺としてはもっと
「先輩は私と二人きりで残念です?」
言葉と裏腹に面白げな瞳が俺を見つめる。
細い首をこくん、と傾げると少し茶色がかったボブカットがふわりと揺れた。
「そんなんじゃねぇけどさ」
ぶっきらぼうに答えつつも部室をぐるりと見まわす。
彼女が言った通り、ここには今のところ俺と彼女の二人しかいない。俺がこうしている間にも観察するように俺から目を離さない彼女が少し
「
「何がですか?」
「何って、なんで俺達しか部室にいないのかってこと」
彼女は人差し指を細い顎に当て「ああ、それはですね――」と彼女が知っている理由を話し始めた。彼女によると、部長たち他の部員は文化祭の準備で今日の部活はお休みらしい。というか、なぜ彼女の方が部長たちの事情を知っているのだろう。一応の前提条件として、俺は二年生で彼女は一年生のはずなのだが。
不審に思って様子を伺おうにも、ハイライトの消えた瞳からは何も腹の内を探ることはできなかった。
入部からしばらく経って、特に目立ったことをした覚えもない俺になぜか纏わりついてくるようになった、いささかヤバめな女子高生でもある。まぁ、なんで俺にやたら絡んでくるのか、心当たりがないとは言わない。
女友達なんていたことがない俺は女子のちょっとした仕草一つで頬を赤らめたりしてしまう。これは陰キャ男子なら誰もが共感してくれる事象だと思うのだが、それが彼女には面白かったらしい。そりゃあ年頃の男子が見てくれが少しばかり良い後輩少女から構われたら、浮足立つというものだろう。
陰キャしかいないことで有名な文芸部員に所属している男子ならなおさらだ。
そんな俺の
俺、普通の陰キャ男子が体験できないようなことされてる?
「あれ、どうしたんですか? まるで、私が今まで先輩にしてたことが先輩にとってご褒美だってことに気づいたような顔してるじゃありませんか。 ……もしかして図星なんですか? そうなんですか? そうでしかないですよね?」
全く持ってその通りである。
ただ、急に人の心の中を読まないでもらいたい。
あとはてなマークが多くてウザい。
「うるさいなぁ、もう」
嫌気がさしそうにため息を吐く俺に、頬杖をついて小悪魔のような上目遣いをする詩織。人の心の中を読む洞察力が一際高い彼女であるが、そうやってを口に出すことがマイナス評価に繋がっていることを彼女は理解していないらしい。
先輩をいちいちおちょくらず、おしとやかだったら最高の後輩なのだが。まぁ、おしとやかな女の子だったら、そもそも俺なんかにこうやって絡んでくることもないんだろうけど。
「そういや、文化祭って今週末だったんだな」
壁に張られたカレンダーに目を遣る。
彼女に言われて文化祭が今週末に控えていたことを思い出した。しかし『彼女に言われて文化祭があることに気づくとは、この体たらく……』という訳ではない。というのも、うちのクラスは文化祭というものにやる気を燃やす生徒はおらず、出し物も展示でお茶を濁すことにしている。元々は何もする予定はなかった(無人の教室そのものを「青春」という題のもと展示しよう、という岡本太郎も爆発するような展示をする予定だった)のだが、さすがに担任から「もう少しまともなものを……」と泣きつかれたので、クラスのみんなで話し合って幾分ましな展示に変更することになった。
そして話し合った結果、当日は各々が拾ってきた石をロッカーの上などに展示する予定である。これでもしょぼいこと間違いなしだが、一応クラス全員が石を拾ってくることになっているので、クラスのみんなが力を合わせたことに変わりはない。ちなみに一番の目玉となる石は、金持ちの息子が親の金庫の中から拾ってきた10カラットのサファイヤということになっている。明日あたりに拾ってくるそうだ。
とまぁ、長々と説明してしまったが、こういった理由から俺は文化祭が近い今日もこうやって堂々と部室に顔を出しているのである。暇って素晴らしい。
他の部員には申し訳ないが、俺はのんびりさせてもらおう――俺はスマホニュースをボヤーっと眺めながら、優雅にジュースを口に含んだ。
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