第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その596
―――レイチェルの言葉は、真実だった。
復讐される立場になって、ようやく彼は亜人種を対等に見れている。
こんな機会がなければ、彼だって帝国兵らしくユアンダートの思想のままだ。
想像力が試されるよね、もしも立場が逆であったらどうするべきなのか……。
「貴方の願いを、敵そのものである貴方の願いなんかを、聞いてやるべき理由なんて、どこにもないと思わないかしら?」
「……そ、そうかもしれない!!だが、だけど!!お願いだ、人魚よ!!」
「ヒトと思っていない相手に、どうして答えないといけないのか」
「謝る!!謝罪を、させてくれ!!私は、亜人種を……ひ、ヒトだと認識していなかったのかもしれない!!」
「認識していなかったかも、では甘いわね。そんな胡散臭い言葉を、信じる理由はどこにもない」
「わ、わかった!!認識……していなかったんだ!!私は、君たちを、ひ、ヒトだなんて思っていなかった!!」
「でしょうね。それなのに、私がその帝国兵を助けないといけない理由は、どこにもないでしょうに」
「き、君が……母親だからだ!!君は、やさしい女性だと、わ、私は考える!!だから、お願いだ!!約束を、た、違えることはないから……っ!!私を、煮るなり焼くなり好きにしていいから!!こ、この少年に、生きるチャンスをくれないか!!」
「……貴方も殺して、その少年も殺せばいいだけのこと。憎しみは、何かをプレゼントしてはくれない。でも、予防にはなるのよ。ひとりでも多くの帝国兵を殺せば、それだけユーリが安全になるんだからね」
「信じてくれ!!彼は、一生涯、誰かを殺せはしない!!こ、こんなに怖がって、おびえているんだから!!」
「信じる価値もないものよ。でも……それでも、気まぐれを試してみてあげましょう。ここに、銀貨がある。一枚の銀貨。ただの銀貨で、何の細工もしていない。裏か表かを、当ててみなさい」
「ま、まさか、そんなもので、い、命が、生きるかどうかを、き、決めるのか!?」
「100%の死が、50%の死になった。どうあれ、貴方には死んでもらうけれど、それでも悪い賭けじゃない。当ててみなさいな。もしも、ちゃんと当ててみせたら……貴方の死に方次第で、その少年の命だけは助けてあげる。他は、誰一人として許さないけれど。当然でしょう?分からないほど、バカじゃないはず。私は、私たちをヒトあつかいしない鬼畜を、ひとりだって生かしておきたくないの」
「わ、分かった!!……や、やるよ……その…………表だ!!表が出るに、賭ける!!」
「やってみましょう。裏だったら、貴方の前に、そこの少年から八つ裂きにしてあげるわ。せいぜい、女神イースにでも祈ってみるといい」
「め、女神イースよ。貴方の慈悲を……私ではなく、この少年に……っ」
―――レイチェルの指が、銀貨を弾いた。
それは空中でくるくると回りながら、彼女の手のなかへと戻っていた。
女神イースの力は、この行いに効果を与えたのか与えなかったのか。
どうあれ、レイチェルは迷わずに叫んだ……。
「表だったわね、ああ、本当に。忌々しい!!」
「……た、助かった!!あ、ありがとうございます、女神イースよ!!」
「た、隊長……お、オレ……オレは、た、助かるんですか……っ」
「そうだ。私が、死ねば……お、お前以外の全員が死ぬことになるかもしれないが、お前は、助けてもらえるのだ。よ、良かったな……良かった」
「よ、良いことなのでしょうか……っ。お、オレは、と、とても罪深い気がします。自分だけ、た、助かって……周りを、みんな犠牲にして……そんな生き方は、す、すべきじゃない。卑怯だよ。ひ、卑怯すぎるよ……っ」
「卑怯だって、かまわんのだ。むしろ、誇りに思ってくれ。私たちは、仲間を助けられる。ひとりでも、十分だ。全員が、敵に殺されるだけのままより、はるかに有益な結末じゃないか。生きろ、生き残ってくれ。私の死に、大きな意味を、与えてくれると、うれしい」
「た、隊長……す、すみません。で、でも、あ、ありがとう……ありがとうございますっ。し、死にたく何て、ありません……っ」
「いい人生を、生きろ。帝国軍には、絶対に戻るんじゃないぞ。罪悪感で、耐えられはしない。故郷に戻って、戦いと関わらない人生を送るんだ。そうで、なければ……不意に、死の衝動の餌食になる。罪悪感で押しつぶされた兵士は、みんな、例外なく、自らの手で死んだのだ。そんな、無価値な終わり方で、私たちにやれる最期の善行を無駄にしないでくれ。分かったな?」
「わ、分かりました……すみません。ごめんなさい。でも、ありがとうございますっ。オレは、約束を、守ります……どんなに、周りから、お、臆病者だと罵られたとしても、ちゃんと……帝国軍には、も、戻らないようにしますから……」
「それでいい。謝るな。もう、十分だよ。それだけ、想ってもらえれば、これから死ぬだけの身も、少しばかり勇敢になれる。ああ、君の名前を、オレに聞かせてくれるかな」
「ろ、ロックスです……アルガーバの村の、出身……っ」
「私の名前を、覚えていないでくれ。知っていれば、ムダに苦しむだろうから。すぐに、忘れてしまいなさい。帝国軍に属していたことを、すべて忘れて……前を向いて、生きてくれ」
「は、はい……き、聞きません。それが、貴方の望みだと、言うのなら……っ」
「そうだ。それでいいよ…………さて!!人魚よ!!私は、どうやって死ねばいい!?どうすれば、君の、癒されるはずがないであろう痛みを、少しはマシにしてやれるんだ!!」
「まずは、絶対に溺れるように、両脚を斬りなさい。血が流れ続けるように。右からよ、右をナイフで斬りつけてから、反対側はより深い傷で、刻み付けるの。10秒あげるから、それが終わるよりも前に、成し遂げること」
「わ、わかった!!み、見ておいてくれ……っ。う、ううう!!うあ、ぐ、ぐあああああああああああ!!」
「た、隊長……っ。あ、ああ。う、うう。すみません。すみません。すみませんっ」
「いっしょに死にたくなったら、言いなさいな。別に問題はない。私は、敵を生き残したくはないの。息子を守るためなら、どこまでも残酷になれるのが母親なの」
「あやまらないでくれ……っ。痛い、が。痛い、だけなんだ。どうせ、死ぬ身なんだ。見て……おけ。人魚よ!!反対側の、脚も斬りつける!!大きく、か、かっさばいて、やる!!ぐ、うがあ、ああぐうううううううう!!」
「……いいでしょう。その脚なら、泳ぎ切れはしないでしょう。サメも、引き寄せることでしょうね。すぐに、死ねる。私の夫が死ぬまでにかかった時間に比べたら、なんて、短いことなのか。飛び込んでみなさい。そうすれば、約束を守りましょう」
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