第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その391
―――ボクはレナス・アップルに同情はするけれど、脅威に感じているからね。
自己嫌悪の沼の底で、朽ち果ててくれるのであれば。
それはそれで、ありがたいことだとさえ思う。
ボクたちの求めている『未来』のために、このまま消えてくれても構わない……。
―――残酷なことだけれど、怖いからね。
レナスにボクたちの運命を委ねるなんて、とてつもなく不安なことだ。
この場にいたら、殺してやるのに。
ごめんね、こっちも守りたい者が大勢いるんだよ……。
―――でも、君にはもう信仰もないじゃないか。
おぞましい本性も、知ってしまったばかりだよね。
君が歌って来た聖者たちの慈悲深さとは異なり、君は乱暴者なんだ。
君の人生を破壊した連中が、『カール・メアー』に処刑されても恨みの囚われ……。
―――その悪人どものために、祈ってやれとまでは言わないよ。
許してやれとも、さすがに言えない。
でも、君が自分を嫌う理由は消えてくれない怒りのせいだ。
歌えなくなった理由の、最たるものだよね……。
―――女神イースを見ただろう、彼女に怒りなんてない。
ただただ善意で、亜人種や『狭間』を滅ぼそうとしただけ。
君には、それが足りていない。
女神イースとは異なり、本当はこの世界が大嫌いなんだ……。
―――それは、君にとって当たり前の評価だろう。
愛する者を奪われ、自分の人生をめちゃくちゃにされた。
信仰に対して必死になることで、ようやく救われてはいるけれど。
それを引きはがした本当の自分は、何もかもに怒りを抱えている……。
―――信仰の道を突き進んだ君は、とても正しかった。
でも、今はその『仮面』を使うことは許されない。
殉教者になりたいだろうけれど、女神イースから断られている。
与えられた義務ではなく、自分の願いを使えと……。
「消えて、しまいたい……消えるべきだ……こ、こんな、おぞましい私の、ね、願いなんて叶えるべきじゃない……怒りが……痛みが……離れて、くれないんだ……リュドミナさま……」
―――今のレナスは、痛ましいまでに自分を見つめてしまう。
リュドミナに、どんな感情を抱いていたのかもね。
男女の関係になりたいと、思ってしまっていた。
許されないことなのに、そもそも不可能なことなのに……。
―――恩人であり、師でもある。
尼僧であり、聖なる任務を共に行う上司だった。
劣情なんて、抱いてはいけないはずなのに。
えぐられて破壊された本能が、どこかに残存していて恋心を与えてくれた……。
―――キレイでやさしくて、優れた女性。
しかも、自分を必要としていて守ってもくれる。
男の子が、そういう人物に恋をするのは至極当然なことだ。
でも、男として壊されているレナスには最大の苦痛だった……。
―――求める権利もないし、そもそも機能がない。
恋心を認めることさえ、レナスには苦しみだった。
だから尼僧になろうとして、その衝動を誤魔化してもいる。
難儀な恋心の囚われでもあり、みじめなまでのマジメさだ……。
―――好きな人とひとつになりたいなんて、誰もが思う当然の衝動に。
ここまでズタボロに苦しむ羽目になるのは、あまりにも哀れなことだよ。
君に対して、またひとつ共感してやれるようになった。
何も願わず、死んでくれと願いつつもね……。
―――じつのところ、ボクは芸術家のひとりでもあるから。
苦悩の囚われに対して、いくつかの美学を処方してあげられる。
芸術家というものは誰もが芸風に呑まれて、やがてそれに殉ずるものだ。
何でもない立場になった君が、最後に望むのが恋しい女性だというのなら……。
―――けっきょくのところ、それが答えになっている。
芸術家は、いつも殉ずるべき道を探した。
君の場合、ついにそれを見い出しただけのこと。
おぞましい自分を見つめたあげく、信じたくなるエゴのかたまりと出会った……。
―――汚らしい、けがらわしい。
冒涜に感じているかもしれないが、じつのところそれで問題ないんだよ。
芸術というものは、嘘がつけないから。
真実が醜いときもあるものだし、醜いからこそ救いにもなる……。
―――女神イースへの使命を果たし尽くし、殉教の果てに。
焼け残った魂の燃えカスみたいな、空虚な君。
痛ましい怒りだらけで、世界をにらみつけるしかないのに。
そんな君でも、誰かに恋心を持てているなんて……。
―――すばらしいことだよ、芸術っていうのは真実なんだから。
そして、とても身勝手なものでもある。
自分にしか創れない、本性めいたもので。
好きに思い切り、創るものだ……。
―――究極の自己嫌悪の、あまりにもみじめなどん底で。
君はようやく本質と、遭遇できたんだ。
どこまでも邪悪で、どこまでも悲惨であっても。
それだけは、許される……。
―――信心深い殉教者という立場を越えた、今このときだから。
ようやく『戻れる』のだと、君はおっかなびっくり悟っていた。
ボクはルード王国に対してのあらゆる脅威が、基本的に大嫌いではあるけれど。
真に豊かな芸術を楽しむ者を、応援したくはなる……。
―――つまらない野心を蔑視して、どこまでも自分だけに集中した楽しい時間だ。
現実の苦しみから抜け出して、自分だけの真実に形を与えていく。
君はすべてを滅ぼせるはずの剣を、ザクリと地面に突き立てた。
決意に満ちた勇敢さとは真逆の、すがるような不安でいっぱい……。
「……リュドミナさま……私は、自分が大嫌いです。世界のことも、許せそうにありません。で、でも。これだけの……苦しみと、痛みで、ボロボロでも……私には……ただひとつだけ、誇れるものがあります。家族からも……みんなからも……あなたからも、褒めてもらえたものが……私自身も、まだ、嫌われずにいられる、自分のなかで、ただひとつのもの……」
―――歌えばいい、レナス・アップル。
君の運命は、いつだってそこに集約していたのだから。
みにくく傷だらけで、死んだ後の今でも遅くはないよ。
残骸に成り果てた今でさえも芸術を手放せないのなら、君は本物の歌い手だ……。
―――君の旅路の、フィナーレだ。
誰よりも悲劇を味わった者のひとりよ、君がその声と共に在りたいのなら。
この世界の何処でもない場所で、思い切り。
好きな歌を、選べばいい……。
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