第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その387


―――それは魂からの、問いかけだった。

誰よりも敬虔な信者だからこそ、最後の最後のこのときまで。

物理的に口が裂けても、言えなかったことがある。

女神イースが与えてくれたはずの、あまりにも過酷な運命の終局がここだ……。



―――どう考えても、不本意な結末に他ならない。

亜人種や『狭間』をこの世界から消し去り、より平和な世界を創り上げる。

その大きな使命のために、子供たちは殉教者となったのに。

彼ら彼女らの命を、直接的に殺めていたのは他ならぬレナスだった……。




「この手で、この手で!!た、たくさんの命を、捧げて来たんだぞ!!そ、それなのに、それなのに……み、みんな、覚悟をしてくれた!!聖なる犠牲に……多くのための、た、他人のために、自らを捧げ尽くすと……あんなに、幼く、不幸だった者たちが、願っていたというのに!!そ、それを……私は、た、託された!!いいや、私だけじゃない!!貴方だ、貴方なんですよ、女神イース!!すべての運命を、私たち全員に、与えた……お、お、押しつけたのは、貴方じゃないですかああああッッッ!!!」




―――信仰心の化身のような人物だからこそ、女神イースに問いかけられない。

『カール・メアー』において、女神イースは絶対の存在だった。

疑問をぶつけることなど、許されない相手だったからこそ。

どんな苦しみを、どれだけ抱え込んだとしても『我慢してきたのさ』……。




―――女神イースの与えた運命を否定することが、どれだけの絶望なのか。

それは、とてつもなく不幸な人生を過ごした果てに死んでしまった子供たち。

この海で遊び、今ここで絶望のどん底にいるレナスも含めて。

その全員の人生と犠牲に、『特別な価値がなかった』と自ら宣言するようなもの……。




―――だからこそ、最後の最後まで口には出来なかった。

自分のためでもあるし、自分と同じ立場にあるすべての子供たちのためにも。

女神イース自身に、求められなければ絶対に言えなかったんだ。

言わないまま死ぬ気だった、疑問なんて信仰への最大の冒涜なんだから……。




―――それでも、十分に満足して死ねるはずだったんだよ。

女神イースに対して、ただ盲目的に信じ続けておけばいい。

それはとても不自由なことではあると同時に、重すぎる責任から逃れる唯一の方法だ。

どれだけの犠牲を支払ってしまっても、罪の自覚をしなくてすむ……。




―――逃げていると言われたら、うなずく他にないけれど。

でも、それの何が悪いのか。

ヒトに完全な勝利など求める方が、意地悪なことだろう。

ヒトは必ず敗北し、絶対に失敗してしまう生き物なんだ……。




―――不完全だからこそ、ヒトでは願いも祈りも完璧には叶えられないからこそ。

神さまを頼り、どうにかこうにか現実を生きる力を得る。

実際に、世界を変える寸前にまで踏み込めたのだから。

レナスやリュドミナ・フェーレンは、とてつもなく偉大な戦士ではあった……。




―――猟兵たちや、ゼファーとルルーシロアがいなければ。

間違いなく、女神イースはその野心を実現していたよ。

亜人種の命を吸い尽くして、滅絶の使命を果たす。

あらゆる亜人種と『狭間』が、数日のうちに死んでいたはずだった……。




―――ボクらからすれば、それはとてつもない破滅に他ならないけれど。

帝国や『カール・メアー』からすれば、平和の訪れだった。

敵である『自由同盟』は、破滅していたわけだからね。

この不幸な生贄たちと、やさしくて恐ろしい女神は世界を変える寸前だった……。




―――見事な敵ではあるから、ソルジェは喜ぶだろう。

普通ではない、極端な戦士の哲学においてはね。

例え滅ぼされる結果になっていたとしても、たぶん相手を褒めたんだ。

でも、それはあくまで竜騎士ストラウス一族だからさ……。




―――血の一滴のレベルで、もはや戦士である。

そんな人々は、やはり特殊を極めた存在だ。

そもそも戦士は、自らの意志で戦って死ぬか勝つかだけ。

信仰の徒はそうじゃなく、運命と意志を神に委ねなくちゃならない……。




―――絶対の女神を創った果てに、その女神は負けてしまったんだ。

重すぎる犠牲を、捧げた挙句にね。

答えを求めてしまいたくなる、問い質して確かめたい。

自分たちが耐えた、不幸な運命に価値はあったのかと……。




「ここまで、やったんだ!!ここまで、みんな、苦しんだのに!!負けた……負けた……取り返しのつかない……っ。わ、私たちで、守り……勝利を……うう、うう。守れなかったんだ。それは、わ、私の落ち度なのは、分かるけれど!!でも、でも、ひどいよ……ひどいです。私たちから、ボクたちから、あれだけを奪っておいて……奪わせて、おいて……ま、負けるなんて……何の、価値もなくなってしまったッッッ!!!」




―――どれだけの回数、奪った命と自分の心に言い聞かせていたのか。

信仰の用意してくれた建前の裏側で、どれだけの疑問を殺して来たことなのか。

不幸に押しつぶされた者たちだからこそ、その人生に意味と価値を与えて欲しかったのに。

苦しみに、意味があったと証明したかった……。




―――問いかけることは、確かめられてしまう痛みを伴う。

とても恐ろしくて、怖いことだったよ。

もしかすると、言われてしまうかも。

『お前たちの苦しみまみれの命は、敗北した瞬間にあらゆる価値を失ったのだ』と……。




―――それだけは、レナス・アップルは言われたくなかったんだ。

もしも、そんな言葉を女神から押しつけられたら。

その手が殺めてきた、あらゆる命からも責められる。

すべての殺人は、女神イースを復活させて世界を平和にするためにやったことだ……。




―――だからこそ、許されると信じてたはずなのに。

感情的で暴発しているように見えたとしても、レナスの信心は極めて理論的だ。

正しい行いのためだから、殺しても許されるはずだった。

でも、その大前提がここに来て疑問をぶつけられている……。




―――あらゆる罪に、審判は下されるものだ。

とくに、自らが神さまに問いかけたときは。

まして、幻想ではなく現実に神さまが目の前にいる。

レナスは正直であり、忠実だった……。




『……お前は、本当に忠実な信徒である。私のために、こんな苦しみまで受け入れてくれた。ありがとう。お前ほど、信仰に純粋な者はいない。逃げることなく。どこまでも真っ直ぐ』

「わ、私は……私は、臆病だった、だけかも。ボクは……ぼ、ボクは、これほどの責任を、背負える器では、な、なかった……」

『いいえ。お前だけだ。他の者では、絶対にやれなかった。この敗北の苦しみと屈辱のなかで、あらゆる犠牲を裏切ってしまった痛ましい罪に、逃げなかったのだ。お前こそが、最も勇敢で、信心深い者だ』

「……でも、そ、そうだとしても……わ、我々は……許されるのでしょうか。敗北して、しまった。恨まれる……し、叱られてしまう」




―――女神イースにさえも、答えられないかもしれない。

許されない敗北であり、絶望的な状況に他ならないのだから。

もはや強さは失われ、女神の六枚翼も朽ち果てようとしている。

これだけの敗北を得て、何が残されていると信じられるものか……。




―――何もないよ、まったくもって。

合理的な考えの果てには、その答えしかない。

もはや女神イースにも力はなく、レナスに至っては生きてさえもいない。

もうやり直すことなど不可能な状態で、打ち負かされている……。




―――与えてあげられるものは、ない。

ゆっくりと、すべてが崩れていく。

女神イースにも終わりのときが、やってきたんだ。

だから、ちいさく燃え尽きそうな腕を選ぶ……。




「……あっ」




『よくぞ、やった。お前は……誰よりも……がんばってくれた……』




―――言葉だけ、あとは抱き締めてあげるだけ。

女神イースは、それを選ぶ。

大きな慰めになるとまで、断言できやしない。

でもね、これはとても基本的なことでもある……。




―――レナスは、お母さんに褒められているような気持ちになれた。

すごくやさしい気持ちに、無条件にね。

救われているよ、たとえ完璧ではなかったとしても。

レナス・アップルは、答えを聞いたんだ……。




『お前の人生には、意味があった。大きな価値があったのだ。レナス・アップル。お前は、私の大切な子である』




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