第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その344


「嫌だ。嫌だ。嫌だ……ッ」




―――戦いながら、追い詰められていきながら。

フリジアの本音が、口からこぼれていく。

見つけてしまった使命の重さに、彼女の心は引き裂かれそうだった。

ビビアナから、永遠に親を奪うことになる……。




―――それをする必要があるし、それはあまりにも妥当な結論だ。

いつかは許されるかもしれないけれど、いつになるのだろうか。

どんな顔を見ることになるのか、想像するだけで怖くてたまらなくなる。

やさしい嘘で無理をした顔も、心の底からの非難も欲しくない……。




―――心を操ろうと試みるが、それは怯えて暴走してしまう。

戦い方も知らなかった子供の頃みたいに、襲い掛かってくる相手に戸惑っていた。

『繭の怪物』は、そんなフリジアを容赦なく攻め立てていく。

伸ばした触手に殴りつけられて、彼女の体は宙に舞った……。




「フリジア!!フリジア!!」




―――ビビアナの声が聞こえる、それだけで胸がいっぱいになる。

怖いんだ、自分が考えていることがバレたりしないかが。

ビビアナは賢いから、すぐに相手の心を読み取ってしまう。

自分がビビアナから親を奪い取ろうとしているなんて、知られたくもない……。




「よ、避けるんだ!!怪物は、まだ君を狙っているぞ!!」



―――石畳の上を転がりながら、追撃を避ける。

シモンのアドバイスに命を救われて、地面に四つん這いに起き上がった。

周りにいる戦士たちは、誰も頼りに出来そうにない。

シモンなど、腰が引けてしまっている……。




「私が、や、やるしかない……ないんだ!!」




―――その言葉を使って、自分の心を追い詰めようとしたんだ。

被害を最小限にして、『未来』を救うんだ。

そうでなければ、これまでの千年間と変わらないだろう。

『カール・メアー』の至った、人種の溝は埋まらないという答えは続く……。




―――力尽くに、無理やりに変えてしまわなければ。

ビビアナだって、幸せになれやしない。

『カール・メアー』の負った罪だって、清められることはない。

勝利だけが、今までの苦しみに報いられる……。




―――正当性が欲しいから、怒り任せになりたかった。

『正義』を怒鳴れば、そういう苦しみに鈍感でいられるときもあるからね。

フリジアは獣じみて叫び、自分の目の前に迫る『繭の怪物』に挑んだ。

回避しながら、そこらに転がる武器へと飛びつく……。




―――槍を得ると、乱れ突きで『繭の怪物』を迎え撃った。

ヒトの骨と肉を突く感触は、罪深く彼女の指を伝う。

骨格に響いているのは取り込まれた者たちの、感触だ。

若い戦士なのか、あるいはメダルド・ジーの一部なのだろうか……。




―――集中しなくてはならないのに、どうにも心は乱れて動きはよどむ。

『繭の怪物』の奥深くで、槍の先が絡み取られた。

次の瞬間には、槍はへし折られてしまう。

また次の武器を探すべきだけど、フリジアは見てしまったんだ……。




―――『繭の怪物』の金色の糸、生い茂るその金色の隙間の向こう側。

吸収されて『分解』される途中の、若い戦士の頭蓋骨があったよ。

それは死を強く連想するものであり、フリジアに罪深さを押しつけるものだ。

誰かを殺すことは、罪深いものだ……。




―――戦場にいれば、その罪深さといつでも付き合う羽目になる。

だから麻痺するときもあるし、自分なりの理論武装で対処の方法を学ぶものだ。

『カール・メアー』でもなくなったフリジアは、理論武装がない。

ビビアナの親を、永遠に奪うことになるなんて……。




―――レナス・アップルは、言った。

そもそも親のいなかったフリジアには、分かるはずもない痛みだと。

親を殺された子供の気持ちなんて、フリジアには分からない。

最初からいないのだから、比べるための気持ちだっていない……。




―――言い返すための方法が、フリジアにはなかった。

それでも想像はつくよ、レナス・アップルの苦悩を見たのだから。

『カール・メアー』を自ら否定して、大きなさみしさを得たのだから。

ビビアナのために他の誰でも傷つけられる気持ちは、友情以上に家族愛じみている……。




―――剣を拾い、『繭の怪物』の猛攻を受け止めた。

祈る、奇跡が欲しいと願う。

追い詰められると、女神イースにしか祈り方を知らない自分と出会った。

しょうがない、おそらく届きはしないだろうけれど……。




「お願いだ、き、奇跡を……っ。お願いだ……父親なんだ。ビビにとって、メダルド・ジーは父親なんだ。彼を……戻してやって……び、ビビから、家族を……奪わないでくれ……」




―――奇跡が欲しい、『繭の怪物』に融けている者たちが正気に戻るとか。

メダルド・ジーが、これの内側から這いずり出てくれるとか。

そんな奇跡が起きたなら、ビビアナは苦しまずにすむはずだった。

祈りを帯びた言葉は、『繭』の奥には届かない……。




―――『繭の怪物』が放った突きの一撃が、剣をへし折る。

その一撃はかなりの重さがあり、受け止めてしまったフリジアの体勢を崩した。

必死に足運びで誤魔化そうとしたし、間合いを取ろうと努力もする。

だが、フリジアも戦闘の連続であまりにも疲れ過ぎていたんだ……。




「し、しまった!?」




―――間合いに入り込まれてしまったのは、痛恨のミスだったよ。

『繭の怪物』の前進は止まらず、大波に呑まれるようにあっさりと。

フリジアは金色の糸の群れに、突き倒されてしまう。

すぐ目の前には、『分解』されていく頭蓋骨がいた……。




―――「死を想いなさい。若者には、難しいでしょうけれど」。

『カール・メアー』の指導陣は、誰もがその言葉を見習いたちに聞かせて回る。

リュドミナからも、その訓示を受けていたことをフリジアは思い出した。

「俗世の苦しみから逃れる方法として、死という終わりもあるのです」……。




―――「恐ろしくもあり、使い方を間違ってはならない考え方ですけれど」。

「死は、苦難に満ちた日々からの解決策でもありますよ」。

「だから、私たち『カール・メアー』の与える死は、そういう死であるべきです」。

「いつか、苦しみを終わらせる、抱きしめるような死を相手に」……。




―――すべてを、受け入れるわけじゃない。

だが、リュドミナや『カール・メアー』が掲げた慈悲について。

このときのフリジアは、少なくない共感を得ていたよ。

生きていくことも、苦しみなんだ……。




―――だからと言って、今の彼女はもう『カール・メアー』ではない。

死が救いとなるのなら、死をもってもう一度。

女神イースに仕掛けた自爆について、試みたくなる。

『分解』されるよりも先に、『繭の怪物』を吹き飛ばしてしまえばいい……。




―――抱きしめるように、フリジアの腕が『繭の怪物』を抱きしめた。

殺してしまうことになったとしても、奪ってしまうことになったとしても。

せめて、慈愛を示したい。

魔力を込めようとした瞬間、叫びと衝撃を感じ取った……。




「フリジアを、殺させたりはしないッッッ!!!」




―――槍が、『繭の怪物』に突き立てられて。

強い魔力が『繭の怪物』を、内側から焼き払う。

『狭間』の才能が、ビビアナに与えた力だった。

強い魔力を注ぎ込みながら、ビビアナは自分自身の望みを焼き払う……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る