第一話 『紺碧の底から来たりて』 その162


「し、しかし……」


「どうした『カール・メアー』の少女」


「いや。何と、言うかだな。か、過激なヤツだぞ、お前。めちゃくちゃ、燃やしてるじゃないか」


「お前も本望だろう?」


「それは、そう、だが。しかし、実際に、こんなに燃やすと……なかなかの迫力だというかな……」


「巻き込まれはしないさ。ほら、この区画までは火が届かない」


「うん。そうらしい。さすがは、プロのテロリストは違うな」


「どうにも失礼な誤解があるらしい。オレは、プロのテロリストなんて甘いもんじゃないぞ」


「甘い?……じゃ、じゃあ。『何』に、私は連れ去られようとしているのだ?」


「『大魔王』サマだ」


「……笑える、言い方じゃないんだが?」


「笑わせるつもりはない。ああ、そろそろ、だな」


「何がだ?」


「セザル・メロの部屋に仕掛けていた爆弾が、爆発する時間ってことだよ」


「は、はああああああああ!?」


 尼僧の少女が叫ぶのと、ほとんど同時だったな。燃え盛る炎の果てから爆音が聞こえた。


 ……遠くだからね。ワクワクしてしまうほどの大きさには、聞こえなかったが。確実な爆音を耳に届いてくれたよ。


「ほ、ホントだったということか……っ」


「工作をしている。襲撃したあとで、資料も燃やすんだ。何もかも、要らないものは焼き尽くしておく」


「お、おっかいない思想をしている」


 まさか、『カール・メアー』に言われるとはね。彼女たちは自分の行いを、客観視してみるといい。異端審問官として、各地で拷問を使った『血狩り』をしている巫女戦士……宗教家がすべきは、そんな血生臭いことなのかね。そうとは思えないが。


「『大魔王』か……所業は、本当に、そんなところだな」


「良い意味での『大魔王』だけどな」


「バカなのか?」


「いいや。大きいだけだよ。歴史上で一番の英雄になる予定だ」


「なんだ、それ……」


「あらゆる種族が共存している世の中を作ってやるぜ。ファリス帝国を滅ぼしてな」


「…………冗談、だよな?」


「お前も、そう感じ取っちゃいないだろう。さて……ちょっと、床に降ろすぞ。逃げないように踏んづけていて欲しいか?」


「ふざけるな。尼僧にしていい所業じゃないだろうが、『大魔王』め!!」


「ああ。逃げるなよ。追いかけて、タックルかますのは面倒なんだ。約束できるか?」


「……もちろん」


 何とも嘘くさいが、一応、床に置いてみた。バカは即座に逃げようとしたが……自分を縛り付けているロープの先端を、オレが握り締めているなんて考えてもいなかったらしい。


 ロープがバカの脚が作り出したスピードを、罰の衝撃に変えた。ピンと突っ張ったロープは、嘘つきな尼僧の小さな身体を急停止させる。


「ぐはうッ!?」


 そのまま、仰向けにひっくり返ったバカを引き寄せる。ロープに引きずられてくる少女は、不満げにほほを膨らませていた。


「……『大魔王』め」


「そっちが嘘をつくからだぞ。オレから逃げられるわけないだろうに」


「嘘をつくのは、任務のためだからしょうがない。特例なんだ!」


「そうかい。だが、無意味だから大人しくしていろ」


「何を、する気だ?」


「壁と天井を斬って崩しておく」


「……はあ?」


「聞こえなかったのか?壁と天井を、斬って、崩すんだ」


「意味が、分からない」


「極めてシンプルに告げているんだがね」


 竜太刀を抜いて、刃に黒い影を躍らせる。出しゃばりのアーレスは、わざわざ『牙』を生やさなくても事足りるというのに、それを出していた。


「何だ、その刀は……」


「竜が融けている特別な刀……竜太刀だよ」


「……竜……」


 背中に視線を感じたまま、斬撃を放つ!!


 『地下病院』と地下通路をつないでいた壁と天井の部分を、斬撃が駆け抜けていく。崩落は、すぐに始まったな。切断されて、つながりを失った石材どもが、オレの目の前で積み木が崩れるように、大崩落していく。


「わ、わ、わわわ!?げほ、ごほごほ!」


 土煙とホコリが混じった突風が地下通路を吹き抜けていく。『カール・メアー』の少女は、床に寝転がっていたからな。それを存分に浴びてしまっていたよ。少し、かわいそうだから。ホコリのなかから拾い上げて、肩に担ぎ直してやった。


「さて、行くか」


「めちゃくちゃなヤツめ。壁とか、天井とか……斬るものじゃないだろう?」


「一般的には、そうかもな。でも、『大魔王』になる男は、これぐらいのことはやれる」


「非常識だ……それに……竜…………竜太刀……か」


「盗むなよ」


「私は、そういうことはしない」


「そいつは安心した。セザル・メロは、それを手に取って。焼かれた挙句、指を失った」


「そ、そんな物騒なものが、私の目の前に?」


「いい子にしてたら、噛みつきはしない」


「恐ろしい刀を持ち歩いて。焼いて、爆破して、地下道を壊す?異教徒のテロリスト集団がしそうなことのフルセットじゃないか」


「そのあいだにセザル・メロの暗殺と、『寄生虫ギルガレア』退治もある」


「それは、悪くはない所業だな」


「気に入ってくれたとすれば、良かったよ。何せ、君の仕業になるんだ」


「…………ん?……え?ちょっと待て。どういう、ことだ?」


「『カール・メアー』の侵入者が、全てしたことにするのさ。テロリストみたいな行為の全てを、君がやったことになる。オレが保護していた方が、安全そうだな」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る