第十六話 毒林檎



「連れて来たぞ」



 よだかに半ば強制的に生徒会室に連れてこられ、五人掛けのソファに背を預けくつろぐように座るよだかの脚の間に俺はいた。

 俺達より先にあつまっていたのか、天羽達が既に揃ってこちらを見ている。人にみられるのは居心地が悪い。起き上がろうとすると、頬杖をついていたよだかの腕が動いてぐるりと回され、腹に回った。その手は自分の手よりもずっと大きく、少し力を込められ、呻くと背後でよだかの笑う声がした。


「………なに、離して」

「ああ?猫はご主人様の膝の上で眠るだろ」

「…にゃあ」


 も、いいや。

 退かす気も無いらしいし、反抗しても無駄なだけだ。猫あつかいしてくるから適当ににゃーにゃー返事を返せば、夜鷹がだまった。首だけ振り返れば、夜鷹は目を見開いてかたまっている。なんだその顔。先に猫あつかいしたのは、そっちのくせに。

 背中ごしに伝わるぬくもりに再び、うとうとと微睡んでいると凛月君、と天羽に呼ばれた。


「ん、あもう?」

「ええ、天羽です。返事ができて偉いですね」

「うん」

「今から話すことは凛月君や小鳥居君達にとって大切なことです。もう少しがんばりましょう」


 うん、と半分寝惚けながら、眠気交じりにぼんやりとした生返事を返す。

 大切な話ならしかたない。よだかの腕に包まれてぼんやりしていると、遠慮気味に隣に座った透璃が、跳ねていたのかおれの髪を撫でた。


「あの、大切な話って?」

「凛月が教室で大人しくしているなら話は別だったが、うちの子猫ちゃんは一カ所に留まるのが苦手らしい」



 言っただろ。お前を躾けるのは俺だけ・・じゃないと。



「お前が学園内のどこかで無防備に寝ているのは既に噂になっている。お前の親衛隊とこが動いているから寝込みを襲われる心配はないだろうが、一つ忠告しておく」



 言葉の意味はわからない。でも、よだかも父さんと同じことをいうんだな。 



 ――思いだすのは、静まり返った部屋。あるのは俺専用のベッドに、そんなベッド周りに飾られる子供の頃から誕生日に贈られるぬいぐるみ。父さんは俺が産まれてから、気が触れたかのように人が変わったらしい。

 まず、ことあるごとに俺が家から外にでるのを嫌がった。家の外には、俺を襲う悪い人がいるらしい。俺が自由に歩け回れるのは、家の中か敷地内の庭園ぐらいだ。使用人の中でも、俺の部屋の出入りを唯一許されたのは、千景だけだったし世話役も千景。


 誰も俺に話しかけられなかったし、誰にも触れさせない。

 この家の中では、それが暗黙の了解になっていた。



 毎日のように、父さんは凛月、凛月と俺の耳元で囁く。その瞳の奥には、どろりとした重たい執着。たまに無抵抗なおれの腕を、撫でるような、くすぐったさを感じる変な触り方で堪能する。子供ながら実の父に縋るような何かを向けられた俺は、諦めと同時に、はくり、と口をうごかして微かな吐息と一緒に言葉をのみこんだ。

 そうすれば、父さんは優しかったしおれが我慢すればよかったから。


 一生外の世界に出られない檻。別に俺はそれでもよかった。

 俺は何も考えず、ただ眠っていたかった。




「いいか、コイツに会ったらすぐ逃げろ。もしくは俺達の名を呼べ。近くに居れば駆けつけてやる。どうしても危険な状態に陥ったら躊躇するな、急所を狙え」



 目を閉じかけているおれには見えないけど、きっと伊織と透璃に、その悪い人の写真を見せているのだろう。でもきっと、おれがその人に出会うことはないだろうし、ここには千景がいる。

 ――も、いいかな。

 こくり、と船を漕ぎはじめたおれを見て、透璃はこまったように笑った。



「狡猾で人間の皮を被った悪魔のような男です。倫理観が伝わらないし、人間性が欠如している。貴方達に何かあってからでは遅いので、これだけは覚えておきなさい」

「凛月君、聞いてるー?あらら、寝てる?だけど、本当にあの人は駄目だよ。あの人の目、俺は苦手だなぁ」


 にげろ、あぶない――、何がよだか達をそうさせたのか。ふと頭に重みを感じて、うっすらと瞼を開けると青藍色の瞳と目が合い、あたたかな体温につつまれながらもぞりと身を丸める。酷く優しく頭に触れられ、瞼が閉じていく。 

 意識が沈んでいく中、それだけははっきりときこえた。



 これだけは頭に叩きこんでおけ、"赤い瞳"の男には気を付けろ。





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