第二話 新入生代表



「あー、そうだ。天羽」

「はい」

「理事長から伝言だ。早朝、理事長室まで来るようにだと」

「…はい?」


 夜鷹のその唐突な言葉に、思わず素の顔で聞き返した。すぐに笑顔を取り繕うが、何を言っているんだコイツは。

 コイツとは幼少からの付き合いで、どんな人間かは知っている。良く言えば自尊心やプライドが高く、悪く言えば自己中心的で独り善がり。唯我独尊、そんな言葉が似合う男だ。いつも何か言いだすかと思えば、突然に用件を言いだすことがある。前もって事前にアポを取ることを、この男は頭に叩き込んだ方が良い。


 そもそも、生徒会室から理事長室までは少し距離がある。


 時計のある壁へ視線を上げて、深くため息を吐く。理事長の呼び出しは早朝で、今はギリギリ7時前後。急ぎ足で向かえば遅れることはないが、もっと余裕を持って行きたかった。

 恨むぞ、夜鷹。

 脳内で王座の上でふんぞり返る夜鷹を蹴り落としながら、生徒会室を後にして理事長室へと向かう。





 天羽様、と廊下ですれ違う度に挨拶され、ニコリと笑みを浮かべながらようやく理事長室のある最上階に辿り着き、深呼吸してから扉の前まで歩く。

 この学園にしてはシンプルな茶色の扉をノックすると、扉の向こう側から入室の許可を貰い私は理事長室へと足を踏み入れた。


「朝から呼び出してすまないね、天羽君」

「いえ」

「今紅茶を淹れよう」


 お気遣いなく、と口にする前に理事長は席を立ち備え付けの給油室へと向かった。要件をお聞きするだけ聞いて、長居するつもりはなかったのですが。少しして紅茶を淹れたカップを二つ手にした理事長にソファに座るよう促され、ソファへと腰掛ける。

 理事長が先にカップへ口に着けたのを見てから、私も口にした。それから少しして、理事長は天羽君と私の名を呼んだ。


「一番最初に君が浮かんでね」

「私がですか?」

「うん、君に新入生代表の子を任せたくてね。迎えに行ってあげてくれないかな」

「迎え、ですか」


 私のその言葉に、理事長はうーん、と少し困ったように眉尻を下げる。しかしだ、考えても見て欲しい。まだ右も左も覚えられないような初等部と違い、我々は高等部だ。

 確かにこの学園の敷地は広いが、迎えを寄越す程のレベルではない。

 それこそ、生徒手帳にこの学園の地図も載っている。地図も読めない人間が、決して新入生代表に選ばれるとは思わない。


「理由を聞いてもよろしいでしょうか」

「変な子じゃあないんだよ。けど、少し変わっていてね。校門のすぐ傍の噴水に居ると思うから、お願いされてくれないかな」



 結局、得られた情報は新入生代表は少し変わっている、だけか。――まあ、いい。私は笑顔で理事長に了承し、理事長室を出た。夜鷹に責務を押し付けられ、さらに私が理事長に呼び出された時点で、私に拒否権はない。

 ここであの・・天彗家の理事長に恩を売っておいて、損はないだろう。






「…あれか?」


 学園の中心部に位置する、噴水を囲む石壁にそれらしき人物が座っていた。

 ここからは顔が見えない代わりに濡羽色の所々跳ねた髪が、穏やかに吹く風でゆらりと揺れる。足早にその人物に近付いて、声を掛けようとして私は目を見開く。


 うたた寝していたのか、新入生が背中から噴水の中へ倒れそうになった。

 暖かくなってきたと言えど、全身がずぶ濡れになってしまえば風邪をひいてしまう。そう思い、慌てて腕を掴んで止めて、男子高生にしては細いその腕の感触に驚く。

 口を開こうと新入生に視線を向けると、紫紺色の眠たげな瞳がうっすらと開き、その薄い唇から小さな声が漏れた。


「……ちかげ」


 誰かと私を勘違いしているのか、新入生はそのまま私に凭れ掛かるようにして再び瞼を閉じた。

 閉じた瞼から伸びる睫毛は長く、なんとも言えない感情を抱いた後、はあ、と軽く溜息をこぼす。全く、確かに新入生代表は少し・・変わっている。

 だが、夜鷹に比べればかわいいものだ。

 腕の中にある暖かな温もりと、わずかな重さを感じながら私は新入生を抱きかかえた。


 抱えて思ったが、やはり彼は些か軽すぎる。

 年不相応の幼い寝顔を眺めながら、私は目を伏せた。この学園の中心人物は、人気と家柄で成り立っているといっても過言ではない。人間関係もそうだが、人との繋がりがこの界隈では大きい。見たところ彼は容姿も優れているし、数日後に行われる投票・・で必ず生徒会の一員に加わる。何か事情があろうが、私の為に利用させていただこう。


 今はただ、ゆっくり眠りなさい。


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