飼い馴らされた昭和の野生児?

JOY POP

第1話  野生児のお仕事?

「勘弁してくれ、雑草と蜘蛛の巣だらけじゃないか…。」

 高齢のご夫婦の御宅、壊れて仕舞い生活出来ぬとの申し出を受けて此のお宅に来たんだが、高齢で庭もそうだが裏側は略ジャングル、雑草が生い茂り一面蜘蛛の巣だらけ…。


 対象の物は大体北側に設置されて居り、其処に辿り着かねば為らない。


 奇妙なエラー番号を聞かされた、通常では重なって出ない筈の番号、其れを複数発生の報告を受けて居た様で、iPhoneのメールに飛ばされて来た番号の羅列に首を捻って仕舞う。


 業務の追加はメールにて配信されて来る…。

 そして判別不能や、対応が難しい物等、一般サービスマンで対応が困難、特殊な案件は強制的にどんなに業務を抱えて居て時間が無かろうと、構わず振られて来る…。


「今日も帰社は19時を廻りそうだな…。」

「何で若い子達に遣らせ無いの!、もう良い歳でしょ何時迄現場に出ているの!」

 自称カビ〇ンの飼い主が帰宅が遅いと角を出す、俺が悪いんじゃ無いのだが…。


 残念乍ら、新人、中堅、ベテランと呼ばれる者は居る、だが全ての事象に対応出来る者、全ての機器を扱える者が残念乍ら我が社には存在しない…。


 だから未だに廻って来る、老眼が進み現象から不具合箇所は掌握し、対象部品の特定も訳が無い、でもその部品が固定されて居る螺子が霞んで見えない、其れを伝えた所で何も変わらない、だから未だに第一線の現場に駆り出される、勿論事務所に張り付くなど真っ平ご免だが…。


 現地に到着し庭を見た時に嫌な予感はした、伝えられたエラー番号の意味を把握した。

「是じゃアイツらじゃ、半日経っても解決出来ないな…。」


 訪問先に声を掛け、申し出現象を復唱す、間違いは無さそうだ。

 機器に向かう事を伝え、裏に回る其の風景に想像が確証に変わった瞬間だった…。


 裏庭はジャングル、鬱蒼と雑草が生い茂り良く先が見えない…。

「此の修理メンテはドライバーじゃ無くて鎌が必要か…。」


 高校に通って居た時、走らぬ相棒を見た親父さんの言葉が蘇る…。

「お前、口と鼻を塞がれて全力疾走出来るのか?、出来ないだろう!」


 全く持って其の言葉通り、吸排気を塞がれて酸化還元反応の基本事象の燃焼が出来ない、只、其れを解っては居ても其の場所に辿り着かない限り対処も出来んのだが…。


 安全靴で雑草を踏み倒し、手でクモの巣を払い進んで行く触りたくも無い…。

 途中で何度も仰け反りそうに為る、そう老眼の進んだ眼では捉え切れず、払い損ねた蜘蛛の巣に顔面を突っ込ませてしまう、正直気持ちが悪かった。


 対象物の所に到着し、確証が現実に変わる、対象物の吸気口に蔦が入り込み、覆う様に排気口直前には雑草が生い茂って居る、そう此の修理にはドライバーでは無く鎌が必要なんだ…。


「俺、修理に来た筈なんだが、何で草刈してるんだろう…。」

 靴で雑草を踏み倒し、蔦を毟って行く、其の時に何かが動いた慌てて後ずさる、毒が無いのは判って居る、出て来たのは青大将思わず遠くに蹴って仕舞う。


 百足、ゲジゲジ、毛虫に蛙、触りたく無い物見たく無い物のオンパレード、何で俺こんな事やってるんだ?、後悔して居た以前技能五輪で北関東の代表者、トップに成った事を…。


 粗方綺麗に成り、本体を開封し其の中にまで入り込んだ蔦などを除去していた、中からは一瞬で良く解らなかったが、イモリかヤモリが逃げて行った、又後ずさって居た…。


「如何して仕舞ったんだろうか俺は…?」

 意識は瞬間に遠い所に飛んでいた、時間なら45年程前、距離にするなら実走距離で1500キロを一気に飛んでいた、遥か遠く、遥か昔へと…。


「今度の日曜ば、杉の下打ちに行くとよ、手つどうてな。」

「良かよ、どん山に行くとね?」

 そう言い指を差していた、高い山の無い集落、其の中腹に建つ祖父の家、其の向いに立つ山を差していた、其処に見えて居る二つの山が家の持ち物、年に何度か杉の下枝を落としに行く真っ直ぐ節の無い良い杉が育つ様に。


 翌週に成り、背負子しょいこを背負い其の中に、鋸、鎌、鉈を入れ祖父が歩いて行く、其の後を同じく背負子を背負い中に水筒、弁当、田舎のお八つ、祖母が蒸かした炭酸饅頭、唐芋を練り込んだコッパ餅が入って居る、後は現地で自生する季節の果物、自前の山だ誰に断る必要も無い、初夏は野苺、枇杷、日当たりが良い所には小さな西瓜畑も有る、勿論出荷する為で無く、自家消費する為の物、腹が膨れる迄食っても構わぬが夕飯喰わんと怒られるから程々にだ。


 少し放って置くだけで有った筈の道は草に覆われる、鎌と鉈で切り開きながら進んで行く、蜘蛛の巣、虫達、蛇が出るのは当たり前、構わず進んで行く…。


「そろそろ気~付けないかんとよ!」

 此れも何時もの事、此の地点迄来ると何時も言われて居る。


「そろそろ蝮がる所やけんの!」

「わかったばい。」

 足元に気を付け昇って行く、蝮は堪らんからな、毒に対処する血清の有る街迄は此処からだと約50キロ先に成る、此の場所には今は町医者すら居ないから…。


 だから前が疎かに為る、何度も蜘蛛の巣に突っ込んだ、付いた巣を何事も無く手で払い落す、時には蜘蛛自体も顔に張り付く、手で捕らえ脇に投げて行く。


「おっと、よかもんが居ったバイ!」

「貸してね!」

 そう言い受け取る青大将、顎を持ち暫く眺めていた。


「未だ若かね、頼むバイ!」

 撒き付く胴体を解いて、又巻き付かれては時間の無駄だから、尻尾を持ち廻して遠心力を利用して奥へと放す、今では心配要らないとは思うが疫病の媒介者と成るげっ歯類を捕食しているし、人間に害を及ぼす者でも無いから、其の侭自然に返して上げる、無意味な殺生は行わない、そう此の地では其れが教え尊ばれて居るから、物心付いた時からそう教えられ、且つ此の地に立つ教会の御許、そして其処へ教えを請いに通って居るのだから。


 目的の植林された杉林、路すら無く斜面を登る、鎌を持ち杉の根元に群生する雑草を掃って行く作業がし易い様に、祖父は其の掃った場所から鉈で下枝を落として行く、黙々と作業が進んで行く、どれ位経っただろうか教会の鐘が鳴り始める。


「昼バイ、飯にせんとね?」

「腹減ったバイ!」

 野生児のする事だ、今じゃ考えられ無いが湧きだす小さな流れで手を洗い、首に掛けた手拭いで手を拭ぐう、手ぬぐい自体が綺麗か怪しいし、水の流れも澄んではいるが清潔な水かも怪しいよな今から考えれば…。


 取り出した弁当の握り飯を其の侭手掴みで頬張って行く、勿論おかずの唐揚げ、ウインナー、卵焼きも、煮物、炒め物は箸で手に乗せ其の侭口腔へと消えて行く…。


 そんな野生児だったんだ此れでも、消毒殺菌された水道水で手を洗い、店で購入した物を喰い、飲んでいる、あの頃の俺は何処へ行ってしまったんだろうか、蜘蛛の巣を避け、蛇に驚き、虫に触れる事を嫌がる様に為って仕舞った、上京する直前迄の遠き頃の思い出…。


 次回は海での事を書ければと思います、今回が山編でしたので読みたい方が居られるのか疑問ですが…。

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