第1話 Side マリー

 マリーは村のはずれで薬師をしているうら若き少女である。父は王都で生計を立てられるほどの腕の良い薬師だったが、母に恋をして、この村に移り住んできたという。

 もちろん夫婦円満で、いつでも母を大事にした父だったが、母が流行病で亡くなると、その特効薬を開発したのち、気落ちしたのか、後を追うように亡くなってしまった。

 そんな天涯孤独となったマリーを支えたのが、同じく両親を亡くしたヨシュアとアンナの存在だった。

 ヨシュアは、父が母にするようにいつもマリーの事を気遣い、アンナはマリーを姉と慕った。

 マリーは漠然とではあるが、将来父と母のように寄り添う存在だとヨシュアを認識していた。

 だが、そんな日常はある日突然崩壊する。

 ヨシュアが兵士として王都へ出稼ぎに行くと言い出したのだ。

 反対したいマリーだったが、アンナの生活を楽にしてやりたいと言われては、どうしようもなかった。

 マリーも知識はあれど、王都の人々が求める薬というものを扱うには、高価な材料に手が出ないのだ。

 それほど村の暮らしは貧しかった。

 父は薬師として優秀だったが、金に疎いところがあり、先程の流行病の特効薬のレシピも、完成すると早く広めたいという思いがあったらしく、来るもの来るものにそれを渡してしまい、王都に広まる頃には誰が開発したのかなんて曖昧になっていた。

 そして功績は誰かの手に渡ったまま、父は亡くなった。

 多少の遺産があるにはあったが、村で医療を賄うには赤字続きだった。

 他にも遺してくれたものはあったが、本が大半で、村の人もよそ者の父のことを敬遠していたため、進んでその本に書かれた知識を吸収しようとするものはいなかった。

 父は薬師だった。それは錬金術師だった、と言っても過言ではない。

 この世界では、錬金術というものは、薬学に近い。

 そしてマリーもそういう存在だということだ。金を作れるわけではないが、たまに変な薬の依頼は聞くことがある。

 

 最も多いのは、「媚薬」である。

 

 その定義は曖昧で、何が偽物で、何が本物なのかもわからない。

 たまに薬を買いにくる商人が、作れるか。などと尋ねてくるのだ。

 マリーはそういった類の怪しい依頼は全てお断りしている。

 曖昧なものを渡して、後から文句を言われてはかなわないからだ。

 それに、そんなものに回す余裕があるなら、もっと村の為になる材料を仕入れたい。

 多くのハーブと呼ばれる植物は、なんとか庭で栽培しているが、気候が合わないものもある。

 例えば、温暖な地でしか咲かない花、とか。

 マリーたちの住む村は、山間にあり、寒冷地と言っても良い。冬には雪だって降るし、雪解けと共に訪れる春や夏は短いものだ。

 幸い森が近くにあるため、キノコ類や生命力が強い薬草なんかは自生していてくれるのが救いだ。

 いつもならヨシュアが夕飯頃になると、キノコを持ってマリーの家に遊びに来る。ヨシュアはマリーの作るキノコシチューが美味しいといつも褒めてくれて、3杯ほどおかわりをして帰る。マリーもそれを知っているからこそ、ありったけ作るのだが、今日からはアンナと二人きりである。

 アンナも食が進まないらしく、さっきからスープの入ったお皿の中をスプーンだけが行き来している。

 マリーはアンナの心痛は如何ばかりかと察した。

 他人である自分がヨシュアがいないことでこれだけ落胆しているのに、アンナはそれ以上に落ち込んでいるに違いない。しかもアンナは自分よりもまだ幼い。両親を早くに亡くし、兄まで目の届かないところへ行ってしまったのだと思うと、胸が痛かった。

(ヨシュアのばか…。)

 マリーは心の中で今だけは遠くに行ってしまったヨシュアを想うと同時に少し怒った。

 目の前にいるアンナを見たら、きっと遠くになんて行けないよ…。そう想いを込めて。

 また泣き出しそうなアンナと、二人抱き合いながら眠った。

(早く立派になって帰ってきてね、待ってるから…。)

 だがマリーはこれから思い知ることになる。

 人生はうまくいかないように作られているとー 

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