クラックコア3
百舌巌
第1話 よお、待たせたな
府前市にあるショッピングモールの駐車場。片隅に一台の灰色のバンが止まっている。
その車に一人の少年か車に近づいていった。
「よお、待たせたな」
車の後部ドアをスライドさせ、軽い挨拶をしながら生意気そうな少年が車に入って行った。
ディミトリだ。
今日は麻薬密売組織壊滅の報酬を受け取りに来たのだった。
ここは以前にも剣崎と待ち合わせした場所であった。
人目を避けたい時は人混みの中に紛れるのが一番良い。なので、ここにしたのだった。
車には公安警察の剣崎が待っていた。
剣崎は生意気な口を叩く少年を嗜めることをせずに片手を上げ挨拶をしただけだった。どうせ、叱っても肩をすくめるだけなので諦めているのだ。
アオイは運転席でそんな二人のやり取りを冷ややかな目で見ていた。
「任務遂行ご苦労様……」
剣崎は手に持ったファイルを見ながら声を掛けた。
「……」
ディミトリは次の言葉を待っていたが、剣崎は相変わらず書類に目を落としたままだ。
「そんだけ?」
ディミトリの問いかけに剣崎は澄ました顔のままだ。
「約束の報酬は?」
「何だっけ?」
「おっさん…………」
ディミトリの眼差しが鋭くなっていく。怒りだしているのだ。
「はははは、冗談だよ」
笑いながら剣崎は懐からパスポートを取り出した。約束通りにしないと暴れるのは分かっているのにからかったようだ。
剣崎が取り出したのは中華製のパチモンパスポートでは無く日本国政府発行の本物だ。これで外国での行動に制約が少なくなる。
「まったく……安定の底意地の悪さだな……」
ぶつくさ言いながらディミトリはパスポートを受け取り中を確かめた。
そこには、この世の全てに怨みを持ってそうな少年が写っている。もちろん、ディミトリこと若森忠恭(わかもりただやす)の写真だ。
「うーん………………」
目付きが悪いのは知っているが、目の前にあるパスポートの奴は特に酷かった。
「もう少し男前に撮ってくれよ……」
ディミトリはパスポートを見ながら嘆くように言った。
そんなディミトリを見ながらアオイはクスクスと笑っていた。戦闘時に見せる鬼神のような彼の活躍ぶりからのギャップが面白いらしい。
「まあ、しょうがないか……」
でも、約束通りに日本のパスポートを手に入れる事が出来たので良しとする事にした。
日本のパスポートは世界的に格別な信用度を持っている。他国の入国審査が甘いのだ。
剣崎を頼らないでも作れるが、年齢的に保護者の同意が必要になる。
保護者とは祖母の事だ。問題点は何故パスポートが必要なのかを説明しなければならなく。祖母に嘘をつく事へのためらいがあったのだ。
いずれは話をしなければならないが、まだその時ではないと考えているのだった。
「また、あの学校に戻るのかい?」
気を取り直したディミトリが剣崎に尋ねた。
「いや、戻らない他の学校に転校する予定だ」
それを聞いたディミトリは安心した。元の学園に戻っても守居たちが行方不明になっているので騒ぎになるのは目に見えている。そうなれば色々と絡みがあった自分に在らぬ嫌疑が掛けられるものだ。
あんな連中のために言い訳を考えるのも面倒臭いと考えていたのだった。
それに彼らが取引していた連中が色々と探りを入れてくる可能性が高かった。
「そこでまた悪い子のお尻をペンペンすれば良いのか?」
「いやいやいや、普通に大人しくしてなさい」
剣崎は苦笑いを浮かべながら答えた。
「もう少しで外国に出掛けるんだろ?」
これ以上、厄介ごとを抱え込みたくない剣崎は答えた。
素行調査の報告だけで良かったのに、麻薬密売組織を丸ごと壊滅状態にしたからであった。
「手間が省けたろ」
「彼らに手を出さないでくれと言った筈なんだが……」
剣崎が憂鬱そうに呟いた。
そう言いながら剣崎は嬉しそうだった。(少年法)法と(親の威光)権力に守られて好き勝手にしてきた連中を懲らしめる事が出来たからだった。
「……ったく……」
「どうしたんだい?」
ディミトリがのほほんと訪ねた。
「まあ、彼らの社会復帰が容易では無い状態になっちまったがね」
「んーーーーー、流れ弾までは責任を持てないよ」
守居次郎(もりいじろう)は腹部に複数の銃弾が当たって(?)重症。
麻薬組織の連中に銃を突きつけられたので盾替わりにしたのは内緒だ。
殿岡睦美(とのおかむつみ)は流れ弾が二発当たって(?)重症。
リコに止めをさされたかと思っていたが助かったようだ。悪運の強い女だ。
荒井陸王(あらいりくお)は陰茎を銃弾で吹き飛ばされて(?)重症。
本当はリコに噛みちぎられたのだが問題は無いようだ。残された歯型でバレるかと、少しヒヤヒヤしていたのであった。だが、我侭なブツが無くなったので大人しくなるだろう。
土田純一(つちだじゅんいち)は右目眼球欠損と左足に銃弾を受けて(?)重症。
主が居なくなった小判鮫は静かになるに違いない。
小木智昭(おぎともあき)は階段を踏み外して頚椎を骨折し重症。
彼は銃撃戦が始まって直ぐに逃げようとしたらしい。階段の下で倒れている所を見つかったのだ。首から下が不自由になったようで一生をベッドの上で過ごすことになるそうだ。
彼らは事情聴取には素直に応じているらしい。自分たちも悪いのは分かっているのだ。だが、襲撃犯たちの事に関して黙秘しているらしい。
(まあ、俺の話をしても剣崎が握りつぶすんだろうけど……)
こういう感じで五人の小悪党たちはそれなりの罰を受けているようだ。この結果ならリコも満足してくれるだろう。
もっとも、彼女から尋ねられない限りは、ディミトリから連絡することは無い。
剣崎もリコの事は何も言ってこない。おそらく正体に気が付いてはいるが、ディミトリが何も言わないので追求しないことにしたようだ。
(まあ、リコの邪魔になるようなら消してしまうだけだがな……)
それに、内偵の任務が終わったのでディミトリは彼女の居る学校を去る事になった。もう、彼女と擦れ違うことも無いであろう。
一緒に居なければ彼女(リコ)を余計な面倒事に巻き込まないで済むと考えたのだった。
なにしろディミトリには強面が寄って来るという、不思議な体質があるのだ。きっと、妙なフェロモンが出ているに違いない。
「あの銃撃戦で命があるだけ見っけもんだろ?」
「それはそうなんだが……」
あの図々しい剣崎が言葉を濁していた。
「どしたん?」
「んーーーー、殿岡先生が襲撃犯たちを教えろと騒いでいるんだよ」
どうやら娘を傷物された事で激怒しているらしい。そんなに気になるのなら、彼らが犯罪を犯す前にどうにかしてやれば良かったのにとディミトリは思った。
「俺が説明に行ってやろうか?」
「事態がややこしくなるだけだから辞めてくれ……」
「そんなー、懇切丁寧に優しく説明するだけだよぉー」
「君は銃弾で語りたがるタイプだから駄目だ」
ディミトリは肩を少しだけ竦めて見せた。
当たっている。邪魔なモノ或いはなりそうなモノは片付けるのが彼の習性だ。
「不良するほどの度胸は無い。 真面目に勉強する目標も無い。 そんな中途半端な坊やたちが払う代償にしては高く付いたようだな」
ディミトリはそう言って笑ってみせた。これには剣崎もアオイも苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ、アオイもあの学校から余所に行くのか?」
「ああ、君と同じ学校に赴任させる」
「ええーーー」
「監視役が必要なことぐらい分かるだろう……」
「まあ、それはそうなんだが……」
頭では分かっているが、監視されるのが気に食わないディミトリは言葉を濁した。
「坊やの扱いなら慣れているから大丈夫よ?」
アオイはそう言ってウィンクしてみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます