第11話 害獣駆除

「今日、今夜、このタイミングで黒小人どもはフィヨルドの街を襲撃するんだよ!」


岩石人間ロックマンが腕を上げて叫ぶ。

まるで鬨の雄叫びウォークライのように。


倉庫の中は明かりが灯っている。

セルゲイが歩いてくる時、街には街灯がまだ点いていた。

昼間に比べれば少ないが、行き交う人もいた。

その街が火薬で爆破され、黒小人の襲撃を受ける。

軍曹はそう言っている。


「基地には……アナタ達の仲間が……」

「知るか!

 オエライ兵長にはわかんないかもしれないが!

 俺らは俺らの身を考えるしか余裕が無いんだよ!」


生き残りの兵士が敵意の籠った声でセルゲイに答える。


「軍曹、あの一等兵は……?

 仲間なのでは?」

「……一等兵?

 ああポンゴ一等兵か。

 あの犬は口が軽いからな、仲間には入れてねぇよ」


そうなのか。

では……セルゲイに親し気だったのも芝居が混じっていない、と言う事になるのか。

それなのに、彼が歩哨をしている基地は現在襲われようとしている。


……………………

しかし。

何の音も聞こえない。

倉庫は静かなまま。

下の街からは生活音すら聞こえてこない。


「……軍曹……遅すぎないですか。

 予定ならとっくに黒小人どもが基地を爆破してる筈ですぜ」

「なんでだ?!

 ……チッ!

 あのチビども。

 俺等は穴掘りのプロだ。

 タイミングは一分単位で外さない。

 なんてホザいてやがったくせに!

 まぁな、考えてみりゃ、

 暗くて長い洞窟を掘り進めてんだ。

 ちっとくらいタイミングもズレるんだろうぜ」


振り上げた腕の行き場を無くした軍曹は悔しそうである。


「ケヒャッ!

 ケヒャヒャハヒャ、アッヒャヒャハハハハハッハハァ!」


道化師が笑う。

この間の抜けた時間がおかしかったのか。

楽し気に狂った哄笑を倉庫に響かせる。


「テメェ、笑うんじゃねぇ」


軍曹が岩で出来た腕で殴りかかるが、軽く避けて見せる血塗れの道化師ブラッディークラウン


「暗いドウクツを掘り進める黒小人?

 イタネ。

 そんなモグラみたいナ連中。

 モグラって悪いドウブツなんだヨ。

 せっかくお百姓さんがツクッタ野菜を地下から盗ンデ、食ベチャウンダッテ。

 ダカラ!

 僕が全員駆除してアゲタよ!

 ケヒャケヒャヒャヒャヒャヒャ」




その頃、犬の顔をしたポンゴ一等兵は市民に強引に連れ出されていた。


「ちょっとちょっと、俺基地の周囲を警戒しなきゃなんないんすよ。

 一体なんだって言うんですか?」


「兵隊さん、それどころじゃ無いんだよ」

「タイヘンなんだ!」


「何をそんなに……!」


ポンゴ一等兵は言葉を失っていた。


街の広場に穴が開いていた。

下から掘り進めたような穴。

タイヘンな事ではあるが、問題はそこでは無い。

その穴の周辺には多数の人影が倒れていた。

直前に殺されたばかりのような、湯気の出る血を流す。

無数の黒小人。


「こっ……これは……?!

 何が…………!!!

 一体! 

 何があったって言うんだーーー!!!」




「なんだと?!

 何を言ってやがる」

「ダカラさ!

 悪いモグラさんを駆除してアゲタの。

 ぜーんぶソノ鎌で切り裂いたンダヨ」


兵士が取り上げた鎌を指差し、道化師が笑う。


「軍曹、それじゃ!

 ど、どうします?

 計画が狂っちまう」


「慌てるんじゃねぇ。

 …………

 とりあえず、その道化師と兵長は殺せ。

 それで……時間が稼げる。

 そうだ。

 道化師を倒す為に、火薬や爆弾を使った事にすれば……

 チクショウ!

 上層部にはこの血塗れの道化師ブラッディークラウンの存在を報告してねぇ」


軍曹が主犯、他の人間はそれに従った共犯者。

岩石人間ロックマンはゴツイ見た目に似合わず頭が回るらしい。

現在も自分の犯罪を誤魔化す手立てを考える。


そうだろう。

戦場で生き延びる為には……勇猛で頑丈なだけでは無い、知恵も勿論必要とされるのだろう。

この場合は悪知恵だが。


悪知恵を巡らす男がセルゲイに目を向ける。

普段の顔はゴツイが優しさを感じさせる目ではない。

血走った妄執の瞳。


「そうか、こいつを殺して、こいつを犯人に仕立て上げるか!」

「なるほど、さすが軍曹ドノ!」


兵士がセルゲイの首筋へと凶器を近づける。

道化師から奪った死神の鎌。


「どうせなら!

 血塗れの道化師ブラッディークラウンに殺されて、我々がその仇を討ったって、筋書きはどうです」

「はっはっは。

 そいつはいいかもしれねーや」


既に二人とも人外の目をしていた。

人を仕事で殺し過ぎて……他人を殺すことを何とも思わない目。


眼鏡の青年は静かに手を伸ばし、大鎌を握る腕に触れていた。


「あ! ああぁあああぁあぁあぁぁぁぁぁ…………」


男は崩れ落ちていた。

大鎌を手放して地面へと倒れる。

眼鏡の青年は素早く大鎌を受け止めて、道化師に向かって放る。


「キ! キサマは?!」


岩石人間ロックマンは驚愕していた。

が、それでも慌てはしない。


こいつタダのヴルコラクじゃなかったのか。

蝙蝠人間、夜の種族などと呼ばれるが、その能力は夜を見通す赤い目と多少優れた聴覚程度。

今眼鏡男が見せたのは……吸精ヴァンプの力!?

嘘だろ。

そんな人間に害を与える亜人間は、駆除されたハズだ。

人間を食うと言う人虎タイガーマンも正気を失う狼男ワーウルフ害悪人間ヴェノムヒューマンは全て一人残らず帝国兵によって殺された。

吸血鬼ヴァンパイアの種族だって生き残りなどいないとされている。


そんな思考にかまけていたのは一瞬。

ラスカリニコス軍曹は眼鏡の青年に向けていた小銃のトリガーを引き絞る。

躊躇は一切無い。

そんな事をする人間なら戦場で既に死んでいる。


だが。


「ケヒャッ!」


「やれっ!」


その二つの声の方が岩石人間ロックマンが指を動かすだけの動作よりも早かった。


死神の大鎌デスサイスの刃が手品のように岩石人間ロックマンの後頭部に現れて。


ラスカリニコス軍曹の首を切り裂いていた。

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