第10話 黒小人の襲撃

いきなり戦場に現れて。

黒小人を次々叩き切り、次には帝国軍の兵隊を切り殺す。

訳の分からない殺人狂。

血まみれで笑う小柄な道化師。

ついた呼び名が血塗れの道化師ブラッディークラウン


「だけど……そんなの報告には有りませんでしたよ」

「当たり前だ。

 あんなバカみてーなの。

 報告書に書いて出せるか。

 気でも狂ったのか、と言われて終わりだろ」

 

軍曹にセルゲイが訊ねると、もっともな答えが返って来た。


やはり……酒場の少年で在る筈が無い、素直にセルゲイはそう思う。


今も道化師は血を飛び散らせている。

自分の身長を越える大鎌デスサイスを手足の延長の様に自在に操り。

周囲の帝国兵を紙の様に切り裂く。

紙と違うのは、断末魔の悲鳴を上げる事と、その裂かれた体から熱い血潮を飛び散らせる事だ。


恐ろしい殺戮の場面なのだが、魅入られた様にセルゲイは血塗れの道化師ブラッディークラウンから目が離せなかった。


くるくると軽業師の様に回転する小柄な人影。

そこから手品の如く死神の大鎌デスサイスが光を放つ。

気が付くと兵士の手足が切り裂かれているのだ。


既に五体満足で立っている兵士はほとんどいない。



「調子に乗りやがって」


低い声が聞こえて、ラスカリニコス軍曹の岩で出来た身体に怒気が膨れ上がるのを感じる。

岩石人間ロックマンはセルゲイに小銃を向けていた。


「兵長、やっぱアンタの知り合いみてぇだな。

 あのヤロウ、こっちは攻撃してこない」


瞬く間に銃を構えた兵士達を縦横無尽に切り裂いた道化師。

確かにそいつはセルゲイ達の方へはまだ攻撃して来ていない。


「知りませんってば。

 たまたまでしょう。

 銃を向けてるから、彼だって反撃してるんであって。

 自分は彼に銃なんて向けてませんから」


と理性的に反論したが、軍曹は聞いちゃいない。

セルゲイに向かって、前へ進め、と小銃を振る。

銃を持っていない輜重課の兵長には逆らい様が無い。


「この道化師ヤロウ!

 こいつを殺されたくなかったら、大人しくしやがれ!」


怒気荒く、銃をセルゲイに突きつけた岩石人間ロックマンが正面に出て行く。


あの血塗れの道化師ブラッディークラウンが真実殺人狂ならそんな事で大人しくする筈が無い。

セルゲイはそう考える。

のだが、何故だか道化師の動きは止まった。


「ケヒャッ!?

 ヒドイヒドイヒドイナーーッ!

 誇り高き帝国軍人ジャ無かったノカイ?

 一般人ヲ人質なんてサーッ!」


少し舌足らずな喋り声。

変声期前の少年を思わせる。


「テメェ、言葉が喋れたのか?

 いつもおかしな笑い声上げてるからよ。

 完全なプッツン野郎かと思ってたぜ」

「ひどいナ。

 幼児じゃナイんだ。

 言葉クライ喋レルサ」


とは言うが道化師の話し方は不自然だ。

まるで……普段一切話す事が無い発声器官を使い慣れない人間が……無理に声を絞り出してるかのよう。


「軍曹。

 へっへへへへへ、こいつ殺しちまいますか」


最後の生き残り。

ただ一人残った兵士が血塗れの道化師ブラッディークラウンへ銃口を向ける。


「ああ、まずは武器を取り上げるんだ」


軍曹の返事を聞きながらセルゲイは考える。

兵士が血塗れの道化師ブラッディークラウンから大鎌デスサイスを取り上げている。

どうなる事かと思ったが、小柄な道化師は従順に従う。


彼は……この道化師の恰好をした少年は……セルゲイの目前で人を殺している。

軍曹の言う事が真実ならば、それ以前にも帝国兵も黒小人も殺している。

この場で復讐のため殺されても致し方無いだろう。

たとえ、道化師の体格が小柄な年少の様であっても殺人狂だ。

しかし……このセルゲイが人質に取られたかの様な状況下で撃たれるのは……かなり気分が悪い。


「軍曹!

 アナタは軍の爆弾や火薬を横流ししていた。

 ねぇ今からでも遅くない。

 自首しませんか?」


「なんだ、このヤロウいきなり」

「………………」


いきなり大声を張り上げた輜重課の眼鏡男に兵士は銃の狙いを向ける。


「バカ野郎っ!

 そっちの道化師から銃口を外すな!

 ………………

 兵長さんよ。

 自首なんざする気はねぇよ」


「ラスカリニコス軍曹。

 あそこまで派手にやったら、自分にじゃなくともいずれ誰かが気が付きますよ。

 自首した方が罪が軽くなる」


岩石人間ロックマンの軍曹は目を細めて応える。


「はっはははは。

 ここは戦の前線だぜ。

 火薬の量がおかしいくらい、誰も気にしやしねぇよ」


「…………本気で言ってます?

 バレますよ。

 バレない細工自体ほとんどしていない。

 ねぇ、軍曹教えてくださいよ。

 どうするつもりだったんです?

 どうせ、そこの道化師を殺したら自分も殺すんでしょう。

 最後に計画を教えちゃくれませんか。

 あの世で報告書を書く時に助かります」


「……あの世で報告書かよ。

 やっぱアンタ面白れぇな。

 あのな、輜重課さんよ、知ってるか?

 黒小人ってのは穴掘りが大の得意なんだよ。

 アイツらは山の穴倉に閉じ籠ったと見せかけて、今は穴を掘ってるのよ。

 この街周辺の警戒網を下から潜り抜けて、街の中央から火薬でドッカーン!

 てな計画だ。

 俺達はその予定日時を知っていてよ。

 そのタイミングで高台に逃げる。

 帝国軍も街の連中も大慌てな間に他所の街へ逃げ出すのさ。

 その計画のための火薬はこっちで用意した。

 その分、黒小人が掘り出した貴金属は大量に戴いた。

 俺達は名前を変えて別の街で贅沢に暮らすのさ」

「………………」


「輜重課さん、当てて見せろよ。

 その黒小人が襲ってくるって言うのが何時なのか。

 なんで今夜、アンタをこの高台に誘い出したのか。

 分かるか?」


「…………くっくっく。

 時間切れ、外れだな。

 今日、今夜、このタイミングで黒小人どもはフィヨルドの街を襲撃するんだよ!」

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