第3話 廃棄処分

「はぁ……

 美味しい」


熱くて黒い液体を喉に流しこんで、セルゲイはつぶやいていた。


珈琲なんて、帝国軍の中ですら味気ないインスタントしか手に入らない。

ティモシー少年は何処かから取り出した豆をミルで挽き出した。

豆が手に入る術を教えて欲しい。

口の中に入れた液体は香ばしい苦味と少しの酸味で酔いを吹き飛ばしてくれた。


「お若い兵長さん、味はお気にめしたかの」


マスターらしき老人にモチロンと頷く。

カウンターの奥にいる少年にも声をかける。


「コーフィ淹れるの上手だね。

 こんなに美味しいコーフィ飲んだのは産まれてハジメテだよ」


子供向けのリップサービスも混じえてはいるが、まんざら嘘でも無い。

ティモシー少年は白い顔を薄明かりにさらして丁寧なお辞儀をした。。


改めて見ると人形の様に整った顔立ちの少年。

グレイアッシュの髪の毛。

前髪に隠れて目は良く見えないがおとなしくて上品な雰囲気を醸し出す。

10代の半ばくらいだろうか。


もしも美少年好きな兵隊でもいたなら、騒ぎになりそうな容貌。

セルゲイはチラリと連れの兵隊どもに視線を投げる。


兎耳の女性がジョッキのお御替わりを運んでいる。

造り物じゃなくてホンモノの兎人間デミヒューマン

その証拠にスカートの上からでた丸いシッポがヒョコヒョコ動く。

リザードマンの一等兵はシッポに手を伸ばして、女性にきついビンタを喰らっている。

こちらを気にする様子は無い。


「兵長さん……あなたその外見まさか純血の人間ヒューマンカインド?」

「まさかまさか。

 自分が混じりっ気のない人間だったりしたら、帝都の豪邸で寝てますよ。

 こんな前線に来る筈がが無いでしょう」


と、言いながらセルゲイは丸メガネをズラして見せる。

目立たない程度に色のついたグラス。

グラスを通さない目の光が老人にはハッキリ見えたはずだ。


「おお、朱色の瞳。

 ヴルコラクの種族ですか?」


セルゲイ・ニコラ―エヴァは特に返答はしなかった。

肯定も否定もしない。


ヴァンプと呼ばれたなら否定していただろう。

その言葉には蝙蝠以上に呪われた動く屍者アンデッドの意味が強く響く。

ヴルコラクならば蝙蝠人くらいのニュアンスだ。 


「……そうですか。

 実はティモシーもね。

 どうやらそちらの血が混じっているようなのですよ。

 ワシの娘が置いていった孫なんですがね。

 あのアバズレめ、誰が父親か分からない、と抜かしおって……」

「……ご愁傷サマ……」


セルゲイはグチを続ける老人に軽く返す。


どんな娘だったか知らないが、割と美人だったのではないだろうか。

そう思わせるのは老人の孫の容姿だ。


よく見ると薄暗くしているカウンターの中で瞳が紅く煌めく。

通った鼻筋に透き通るような肌。

目が大きく、睫毛は長い。


彼はこちらの話を聞いているのかどうか。

表情は人形のように固まったまま。

グラスを手元で洗っている。

その白い顔はやけにセルゲイの胸に印象を残した。




数日後、セルゲイはいつものコートを纏い街に出かけようとしていた。


「兵長さん、今日も地下酒場か。

 聞いたぜ、あそこの酒場に通い詰めてるそうじゃないか。

 そんなに気に入ったのかい」


声を掛けてきたのはラスカリニコス軍曹であった。

セルゲイの三倍はありそうな体格を持つ岩石人間ロックマン


「ええ、まぁ。

 酒場と言うよりあそこのコーフィですね。

 豆から挽いていてなかなか帝国軍で味わえないシロモノです」 


その通りセルゲイは毎晩のように地下酒場でコーフィを飲んでいた。

しかし、まさかそんな事がウワサになっているとは。


「くっくくく。

 ウチの一等兵があの酒場のウサギちゃんに入れあげてるのさ。

 アンタの事をライバル登場かと思い込んだんだが……

 ケツを撫でるどころか、声を掛ける様子も無いってな。

 胸をなでおろした、と言って回ってるぜ」


ウサギちゃん。

あの店のウサギ耳の亜人間デミヒューマンか。

一等兵とは確か犬の風貌をした兵隊だったはず。

似合いのカップルの様な気もするし、お互いの性質が合わないだろうと言う気もする。



「なぁ、お若い兵長さん、少しばかり訊いてもいいかい」

「なんでしょう?」


そんな風に軍曹は切り出す。

少しセルゲイは身構えてしまう。

アンタ美少年趣味じゃないだろうな、そんな事を訊かれたらどう答えよう。

彼にそんなシュミは無いが、なんだかティモシー少年が気になってるのも事実なのだ。

迷うようなコトか。

素直に無い。全く無い。興味ゼロ。

単に静かにコーフィを味わいたいだけ。

そしてティモシーの煎れるコーフィは抜群に旨い。

それだけ。


しかし軍曹の話はそんなコトでは無かった。


「輜重課に廃棄処分ディスポーザー班があるってのは事実なのかい」

「…………」


ディスポーザー。

廃棄処分するモノ。

それは………………


「……班なんて無いですよ。

 仕事自体は在ります。

 軍隊ですからね。

 普通には捨てられない兵器の一部だったり、重要な書類だったり。

 そんな取り扱いに注意を要するシロモノを慎重に廃棄するんです。

 その任務が廃棄処分ディスポーザー

 兵器の処分なんかは取り扱い資格を持った人間しか出来ません。

 それでそんな係があるとウワサになったんだと思います」

「……ほほーう。

 そういう事か。

 いやなに、俺は結構チラカシ屋でな。

 部屋をいつも汚しちまうんだ。

 それでもしも掃除でもしてくれるんなら、と思っただけさ」


「残念ながら……

 部屋の掃除なら掃除のバイトを呼んでください」

「ふん、俺はこれでも神経が細やかでな。

 大雑把な若い男には立ち入られたくねーな」


ゴツイ顔立ちの軍曹がそれでも冗談めかして言うので、セルゲイも軽口で返す。


「……意外と若い美人女性が来るかもしれませんよ」

「20年前には若かったオバサンかもな」

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