ランナーカット・ファンタジー
@katsusand
第1話 プロローグwith 自分語り
「趣味はプラモデル製作です。」
「へー、いい趣味だね。どんなのを作ってるの?」
「昔やってたロボットアニメのやつが大半で、時々戦艦やお城も…って感じですね。」
「あー、そうなんだ。で次にここの志望動機についてなんだけどさぁ…」
自分が本心で答えられる質問が約10秒で終了した。ここから先の質問は前もって考えていた答えを無感情で伝える時間になる。ここ2ヶ月ほど繰り返してきた作業だ。
(今日で大体15回目くらいかな…)
ーーーーー
現在大学4年生の俺「高畑智也」の前には、今まで全く考えてこなかった「就職」という壁が立ちはだかっていた。今の今まで通学以外遊び呆けてきた(ほとんど親の金で)人生において、「自分自身で何を仕事にするか選び努力する」というのは全く未知の領域の話であり、何より気が乗らなかった。とはいえ社会の構造上、働かなくては食っていけないのは当然であり、ニートとなり家族ともどもご近所から白い目で見られるのは避けなくてはならない。
「ただなぁ…、」
ベンチで情けないため息を吐きながら考えるのは自身の未来像。
「なんっっっにも思い浮かばねぇ〜…。」
思えば1桁の年齢の時から俺には「将来の夢」が無かった。周りが目をキラキラさせて野球選手や漫画家などを挙げている頃もぼんやり
(全部大変そうで嫌だなぁ)
と考えるクソガキであった。
自分の人生を捧げてでも成し遂げたい夢。それを見つけられないまま、ただ目の前にある娯楽にうつつを抜かして21年。自分と同じだと思っていたオタクな友人達は早々に夢を見つけ難関大学に入学。現在進行形で夢に向かって走り続けている姿をSNSで確認するたび、3流大でぼんやり生きている自分との差を明確に感じて勝手に落ち込む。大学卒業が見えてきた今でも、結局夢は見つからないままなんとなく目についた地元企業へ応募し続けている。
「…帰るか」
大学構内のコンビニで買ったおにぎりのゴミを鞄に入れてベンチから立ち上がる。夏季休暇中の夕方ということもあり、周りに人がいない中庭からは自分の足音だけが聞こえていた。
「いい加減どこかしら受かって安心したいんだけどなぁ…」
ーーーーー
「ありゃダメだろうなぁ」
決めていた答えをただ言い続ける時間が終わり、ビルから出た時に俺はもう失敗を確信していた。何故かって?
「全部ウソだもんなぁ…、そりゃあ見破られるよなぁ…」
俺には「学生時代に精力的に取り組んだこと」も「御社で働きたい理由」もない。
いや無いことはないが「ソシャゲの周回です。」、「お金を稼ぎたいだけです。」とは流石に言えない。よってそれらしいウソを作り答えていたわけだが、流石は百戦錬磨の面接官。基本はウソだとバレて落とされる。
「基本は」というのは例外があるということであり、実際俺は現状2社から内定を貰っている。だがその2社は両社とも建築関係で「現場の人数が絶望的に足りない」、「山奥に勤務地があり、近くに引越しすることが必須」という敬遠されがちな要素を含んでいるため最後の選択肢としている。また運動嫌いで体力もないためついていけるかどうかの心配もある。
そのためギリギリまで就活は続けるつもりではあるが、こうも手応えがないと心が折れそうになる。
「久しぶりに寄るか…」
俺は疲れた心を癒すため、リクルートスーツのまま人生で唯一の行きつけ店に行くことにした。
ーーーーー
大手家電量販店「ジョーオン」。
ここが俺の人生における唯一の行きつけ店である。店員に顔馴染みなどはいないが、ここ10年は週に2回ほど必ず来ているのだからそう呼んで差し支えない筈だ。目当ては花形の家電などではなく店内の奥まった場所のキッズエリアにある1つのブース。「プラモデル売り場」である。
「うわぁ、更に品数少なくなってコーナーも狭くなってるよ…」
ここ2、3年爆発的に流行した感染症の影響で自宅で行える趣味事の需要が高まった。その流れはプラモにも波及し、その中でも特にアニメ「躍動戦士ギンザム」シリーズの通称「ギンプラ」は今や格好の餌食となっている。主役やライバルの機体は大量に生産されているため、まだ店頭に並んでいるがそれ以外は一切見かけなくなった。
(転売ヤーのせいかなぁ。嫌だねぇ。)
元々このギンザムシリーズの影響でプラモを始めた俺にとってこの状況は中々キツい。
面接では戦艦、城も作っているといったがどちらも過去一回だけだ。実際の製作割合はギンプラ7割、美少女プラモ3割である。
(正直に「美少女も作っています。」とは言えないあたり変な見栄があんのかな…?)
などと考えている間に棚に目当ての商品である「143分の1 ギンザムイプシロン」は存在しないことに気付く。
「昨日発売の商品なのに影も形もないとは…」
今や新商品かつ新アニメの主役機であっても争奪戦は不可避、過去のキットはプレミアがついて当たり前という現実に更に気分が重くなる。
「帰るか…」
結局俺はただただ無駄な時間を費やしたという苦い事実を噛み締めながら自動ドアに向かった。
ーーーーー
夕方と夜の境目の時間帯とあって、帰宅中のサラリーマンや部活帰りの学生がホーム上に所狭しと列を成している。その中の栄えある最前列に位置した俺は、座席に座れるかどうか脳内でシミュレーションするという最高に無駄なことをしていた。
座れる60%座れない40%という予想結果が出た直後、電車の到着を告げるベルとポケットの中の携帯が鳴る。携帯を見ると母親からの堅苦しい敬語文メールを発見。
「明日のパンが無いので適当な食パンとついでに牛乳をお願いできますか?」
わざわざ返信はしないが、帰宅への予定に1行程加えたところで両親について考える。
両親はお互いほとんど会話しない、決して明るい家庭では無いかもしれない。それでも2人ともこの年でまだ未来が見えない俺に諦めず家に住まわせてくれている。
(プラモ作りの趣味も小学生の頃に拙い完成品を二人が褒めてくれたことから起因している。)
「アンタはやればできる子なんだから。」
20歳を超えた今でも母から言われるこの言葉には毎回苦笑いしか返せない。自分が両親に親孝行として何をいつまでに返せるか、考えれば考えるほど不安が募っていく。それでも俺は「何かを始めよう」「自分のためになる技能を身につけよう」といった行動が起こせない、趣味に没頭することで目を逸らす自分を自嘲するだけ。
(何のために生きてんだ…俺って…)
期待されるのが辛い、かといって失望されたくも無い。一丁前な危機感はあれど怠惰な自分がそれを勝る。
誰の為にもならないコンテンツを消費するだけの日々を「人生楽しければそれでいい」と自己弁護しながら生きるだけ。
考えれば考えるほど無為な「自分」に一体何が遺せるのか。
そんなことを考えアイデンティティに悩む俺の前を3人の小学生男児が走り抜ける。
進学塾帰りなのかストレスから解放された様子ではしゃぎながら
「こっちこっち!。最後尾なら座れんねんて!」
と叫んでいる。
元気一杯はしゃぐ姿に羨ましさを感じながら彼らが呼びかけた方向を見ると彼らの後ろにもう1人男児がいることに気付く。少々小太りでここまで走ってきたのか息が切れている少年だ。
「ちょ、ちょっと待って!……ハァハァ……」
正に限界という様子の少年に周りの乗客達も眉を顰める。
(大丈夫かよ…)
今にも倒れそうだと誰もがそう思った時、想像は現実となった。
(それも俺の目の前で。)
少年の片足がホームを踏まず空を切り、制御を失った体がぐらぐらと横に揺れ、線路側に落ちそうになる。
(嘘だろ!?)
「♪♪〜♪♪♪〜♪〜」
電車が駅に到着したことを告げるメロディーが聞こえる。
必死の形相をした少年が必死に手を伸ばし何かを掴もうと必死に足掻いている。
「掴まれ!!」
状況をまだ完全に把握できてない俺の頭は、条件反射で携帯を持っていない左手を伸ばしその手を掴む。
ーもしここで携帯を捨て両手で掴んでいれば違う結果も有り得たかもしれない。ー
少年は命がかかっているため、必死で俺の手を引っ張る。その結果、少年の全体重を片腕で引き上げようとした俺の体が勢いよく線路へ吸い込まれる。
「プアァァーン!!!」
(あっ死ぬ)
電車の急ブレーキ音が未だかつて無いほど近くで聞こえ、ホーム上の前乗客の視線を釘付けにしながら人生で最も長い1秒が流れる。
死ぬことを確信した頭の中を走馬灯が駆けめぐり、空虚な人生を振り返る。何も成し遂げられなかった21年、最後に1人の命は救えただろうか。
(とはいえ1人死亡の人身事故が起こるのに変わりはないし、ダイヤの遅れは発生するだろうなぁ)
(あの小学生4人組やその他の乗客、後始末する駅員さんはトラウマになるかもなぁ)
(というかなんで俺は手を伸ばしたんだ?
安っぽいヒーロー願望でもあったのか?
最期まで他人に迷惑かけてるくせに?
結局俺は何になりたかったんだ?)
嵐のようにあらゆる思考が頭の中を通り過ぎていく。
(…親孝行出来なかったなぁ…)
誰かの「キャー」という声をひどく遠くに感じながら、意識がブツっと途切れる。
空虚な男の人生が幕を閉じた。
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