フラワー・レイン

@ga_bera

幕開け

花はすぐそばにある。


毎日歩いている道端にひっそりと咲いている。誰にも気づかれない場所でも生き生きと輝いている。


時にはテーブルの上でほんの少しの彩を添えていて、知らぬ間に誰かを癒している。


時には愛の告白と共にあり、時には誰かの涙や悲しみと共にある。


誰かを大切に思い、誰かを励ます時にも共にある。


花は常に人に寄り添っている。生活のどこかで花はひっそりと、時には大胆に存在している。


僕は花と人を結ぶ役割をしている。


ある人は感謝の気持ちを伝える花を求め、ある人は大切な人を労わる花を求める。


僕はその場面にふさわしい花を勧める。そしてその花を手にした人が笑顔で帰っていく。


誰かが花を買うとき、飾るとき、誰かに渡す時。その裏には必ずエピソードがある。


そんな花にまつわるエピソードを沢山見届けられるのが花屋を営む僕の楽しみだった。


あるとき、僕が花にまつわるエピソードを紡ぐ側に変わる日がやってくる。


この話は突然の出会いから始まった。



-1. アガパンサスー


花屋の朝は早い。


まだひっそりと夜の香りが漂う時間に目を覚ます。


そしてお店を開く準備や、お店で販売する花を受け取りに行く。


大きなトラックの白い荷台がたくさんの花であっという間に彩られていく。僕はその光景を見るのがひそかに楽しみだったりする。


内装を整え、今日はどの花をどの場所に置こうかと思案する。ラッピング用のテープなどがあるかの確認も怠らない。


万全の準備をし、Openの札をかける時には町がたくさんの人の声で埋まる時間帯になっている。


正直、朝早く目を覚ますとこの世界に一人しかいないのではないかという気分になるのだが、店を開いて人々の声が聞こえると自分も元の世界にかえれた気分になる。


そんな安心感を抱きながら、今日も人々と花をつなぐ瞬間を待つ。


これが花屋を営み始めたころからのルーティーンだった。


しかし、解放してあるドアから吹き抜けてくる風がどこかいつもと違う気がして、今日は僕の身にいつもと違うことが起こるのではないかと予期させた。


そしてすぐ、その予測が正しいことを告げられる。


花の匂いとは少し違ういい匂いがふわっと漂う。


香りのする方へ顔を向けると初めて見た顔がそこにあった。


つやのある黒髪に白く透き通った肌、少したれ目であどけなさが残る女性がそこに立っていた。


大学生だろうか?僕よりも少し年下のようだ。


いけない。初め見る顔だったせいで挨拶もせずまじまじと観察してしまった。

僕がいらっしゃいませと言葉にするより前に彼女が言葉を紡ぐ。


「あ、あの・・・」


その声はスズランが風になびくような声だった。優しく繊細で、それでいて確かにここにいると告げるような声。女性の雰囲気と合っていた。


「はい。何かお探しでしょうか?」


女性の声に緊張しているような震えも混じっていたので、僕は安心させるように優しく語り掛ける。その様子にほっとしたのか、彼女はさっきよりも緩んだ表情で話し始めた。


「えっと、このお花の花言葉ってなんですか?」


彼女が手に持っていたのはアガパンサスだった。


「アガパンサスですね。こちらの花言葉はラブレターとなっております。」


「ラ、ラブレター・・・」


女性は驚いた顔をしながら僕の言葉を反芻する。

確かにラブレターが花言葉になっているのは意外だろう。そんな言葉まであるとはほとんどの人が知らないかもしれない。僕も勉強をしていて驚いた記憶がある。


「ラブレターという花言葉まであるなんて驚いてしまいますよね。僕も初めて知った時には驚きました。」


「店員さんもそうなんですね。・・・それじゃあこのお花を渡すだけで告白の意味合いがあるということでしょうか?」


そう聞くということは誰かにこの花を渡して告白したいということだろうか?花を添えて告白しようとしている人を何人も見てきたから、応援したいという気持ちになる。


「ええ、そうなりますね。ただ、お花を渡しただけでは意味までお調べにならない方もいらっしゃるかもしれません。きちんとお花の名前を言って意味を調べてもらうか、渡す時に言葉も一緒に伝えるか、メッセージカードを添えるか。そのようなことをした方が確実に思いが伝わるかもしれません。」


そこまで伝えると、彼女は頬を赤らめ慌てた様子になった。


「あ、えっと!もしこの花を渡したらそのような意味合いになるのか気になって・・・ややこしくしてしまってごめんなさい。」


「!そうでしたか。失礼致しました。」


「い、いえ・・・」


少しの沈黙。ただ、他の人と話さなくなった時の気まずさや重苦しさは感じられなかった。花が雰囲気を和らげてくれたのだろうか、それとも・・・


「えっと、せっかくなので自分用に買っていきます。フォルムが気に入りましたし、この花を見ているととても癒されるので。」


「ありがとうございます。」


会計をして、女性が帰るまでに花がしおれてしまわないように手入れをする。ふと、彼女の方に目を向けると微笑みを携えた顔でアガパンサスを見つめていた。


僕は彼女のその様子に嬉しくなる。


「お待たせ致しました。」


アガパンサスを彼女に手渡す。帰り際、もう会うこともないかもしれないと思っていた女性がこんな言葉を口にした。


「あの、明日もまた来ていいですか?」


唐突な質問に僕は思わず固まってしまう。彼女は来店してきたときの緊張している様子が一切なく、まじめな顔でこちらを見ていた。

なぜか胸が一回、トクンと甘い音を刻む。


「ええ。またいつでもいらしてください。」


なんとか普通を装うと、彼女は花が咲いたような笑みを浮かべた。



-2. ペンステモンー


明日もまた来ていいですか?


昨日、女性から言われた言葉。その言葉が昨日から頭を離れない。


彼女と出会った翌日。僕はがらんとした店内で女性の言葉を繰り返し再生していた。


するとふと昨日と同じいい匂いが僕の鼻をくすぐる。


はっとして目を向けるとあの女性が微笑んでいた。


「いらっしゃいませ。本日も来ていただき、ありがとうございます。」


「いえ、そんな・・・昨日来てとても良い雰囲気だったのでまた来たくなって。それに、店員さんにも丁寧に対応していただいたので。」


「そういっていただけて光栄です。」


彼女はほんの少し口角を上げると、店内を見始めた。今回も花を買っていってくれるのだろうか。


僕は女性を凝視することのないように他の作業をする。


しかし、どうしても彼女を見つめてしまう。そしてはっとなって作業に戻る。この繰り返しだった。


しばらくすると、女性が僕に話しかけてきた。


「あの、このお花の花言葉はなんですか?」


女性の手に持たれている花を見て、しばらく言葉を紡ぐことが出来なかった。


「えっと、大丈夫ですか?」


僕の動揺を感じ取ったのか、女性は心配そうな顔で僕を見つめている。


「あ・・・申し訳ございません。こちらはペンステモンですね。花言葉はあなたに見とれていますという意味です。」


そう、この花言葉はなんだか今の僕を見透かされているように感じたのだ。


しかし、彼女が真剣な様子で話を聞いていることから、ただの偶然だったのだろうと思い至る。


「あなたに見とれている、ですか。とても素敵な花言葉ですね。」


昨日のラブレターという花言葉には驚いている様子だったが、今日は驚いていない。昨日の件で慣れたのだろう。


「ええ、僕もそう思います。見つめていますでも見ていますでもなく、見とれているという言葉を付けたのがなんだか詩的だなと。」


「そうですね。」


彼女は微笑むと、小さなノートを取り出し何やらメモをしている。


「あ、これは、その。実は私、最近花言葉に興味がありまして。店員さんに教えていただいたことをノートにまとめていこうかと。勝手にごめんなさい。」


なんだか僕の話を真剣に聞いてメモまで取ってくれる女性の姿に嬉しくなった。


「いえ。花に興味を持っていただけてとても嬉しいです。聞きたいことがあったら遠慮なく言ってください。」


「そういっていただけると私も嬉しいです。あの。私、これから毎日通います。良かったら、花言葉を教えていただけませんか?」


「ええ。お待ちしています。」


女性とこれから毎日会えるということに、僕はとても楽しみになった。まさか彼女からそんなことを言ってくれるとは思ってもみなかった。


ペンステモンはベルのような、ドレスのような様相をしている。女性にこの花が行き届くのがなぜか必然的な感覚がして、彼女と花を結ぶのが僕だったということがこれからも彼女と会えるという現実を作り上げられた要因だと思った。


そして彼女はペンステモンを抱えて去っていく。彼女に抱かれてペンステモンが嬉しそうに揺れていた。





明日も来るという約束が毎日来るという約束に変化した。

これから彼女と少しずつ歩み寄っていける予感が鳴りやまない。

そんな予感を胸に抱え、今日の残りを過ごすのだった。


-第1話 END-



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