第9話
数時間後。
馬車は林の中で止まり、かずを平手打ちした男性が、かずを荷台から引き摺り下ろす。
かずが無言のまま立ち上がると、男性は『歩け』と言わんばかりにかずの背中を押し、かずは無理やり歩かされていた。
しばらく背中を押され、歩き続けていると、男性は優しく腰に手を当て、大門の前に立つ男性に話しかける。
「この子、花魁になるのが夢で、修行したいんだってよ。 まだ小せぇのに大したもんだよなぁ!」
門番は怪訝そうな顔をしながら、中に入るよう顎で合図を送る。
男性はかずの手を握り、大門の脇にある扉から中に入り、ヘラヘラ笑いながら、かずの手を引き歩き始める。
かずは今まで見たことがない、煌びやかで大きな建物に圧倒されるばかりだった。
通りの中腹にある、一際大きな屋敷に入ると、中で忙しそうに動いていた中年男性と中年女性は手を止める。
「よう旦那。 景気はどうだ?」
かずの手を引いていた男性がそう問いかけると、中年男性は苦笑いを浮かべ、女性は扇子を手に取る。
「まぁまぁだね」
女性はそう言いながら閉じた扇子をかずの顎に当て、品定めするかのように、顔の角度を変えながらかずの顔をじっと見る。
「汚い顔だねぇ…」
小声で呟く女性に向かい、男性は笑顔で問いかけた。
「これから雨が降るそうだな」
「いつ頃だい?」
「暮れ五つ」
「おかしいねぇ。 あたしゃ三つって聞いたよ」
「いんや五つだ」
男性が笑いながらそう言うと、女性はため息をつき、隣の部屋へ。
小さな巾着をもって来るなり男性に渡し、男性は笑顔で「また来るわ」というと、その場を後にしようとしていた。
何が起きているのかわからないまま、かずは男性を追いかけようとすると、女性が怒鳴りつける。
「どこ行くんだい! さっさと上がんな!」
「え? で、でも…」
かずが戸惑っていると、中年男性がかずの横に駆け寄る。
「いいからいいから。 ささ、上がって。 裏に井戸があるから、顔洗いに行こうね」
かずは訳が分からないまま男性に促され、屋敷の中へ。
迷路のような道を通り抜けると、庭先に案内され、促されるまま顔を洗う。
差し出された手拭いで顔を拭くと、男性が笑顔で話しかけてきた。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「かず…」
「かず…か。 ここがどこかわかる?」
「わかんない…」
「ここはね、かずの新しいお家だよ。 そこの部屋で、同い年くらいの子たちと一緒に暮らすんだ。 俺が楼主で、あの人が花車… って言ってもわかんないか。 俺のことは旦那様、さっきの女性は女将さんって呼ぶんだよ?」
かずが黙ったままうなずくと、楼主はかずの背中を優しく押す。
かずは部屋の前に案内され、楼主がその場を後にしようとすると、声を上げた。
「あ、あの! 手紙… 書いてもいい? おじいちゃんに手紙…」
「ダメに決まってんだろ!」
楼主の言葉を遮り、楼主の妻である花車が怒鳴り声をあげながら近づいてくる。
「まぁまぁ、手紙くらい…」
「どうせ字なんて書けっこないんだ。 紙の無駄だろ。 あんたは甘やかしすぎなんだよ!」
楼主はやれやれと言わんばかりにため息をつき、かずに視線を送る。
「中で休みなさい」
かずは小さく頷いた後、部屋の中に入っていった。
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