第2話 赤いずきんの女のコ
大学の帰り道、大神真理子は夕焼けを背中に浴びながら、少し薄暗い通りを独り歩いていた。暦の上ではもう春とはいえ、夕方にもなるとまだ少し寒い。人気の少ない寂れた通り、昼から夜へ変わろうとする狭間の時刻。通い慣れたその道で、真理子はふと違和感を覚えたのだった。
何ともいえぬ、ねっとりとした気味の悪い感覚。そう、例えるなら背後から誰かにジッと見つめられているような……。
サッと背後を振り返る。しかしそこには誰も居ない道路があるだけで、先ほど感じた深いな感覚の元凶など影も形もなかった。
(……気のせい……よね?)
そうだ、きっと気のせいだ。真理子は自分に言い聞かせる。きっと、最近夜更かしをしすぎているから疲れが溜まっているのだ。だから、ありもしない人の視線なんかを感じて不安になる。
今日は家に着いたら早めに寝よう。そう心に決めて少し急ぎ足になる。しかしどんなに自分に気のせいだと言い聞かせても、背中に感じるねっとりとした不快な感覚が消える事はなかった。
ぞわり。
思わず足が止まるほど強烈なプレッシャーが真理子を襲う。
(いる……後ろに……)
それは予感では無く確信。
真理子の背後には確実に何かがいる……。
夕日がゆっくりとその姿を隠す。昼から夜へ。光から闇への変遷。荒い息づかいが耳に反響する。一体誰の呼気だろうと不思議に思い、次の瞬間にうるさいぐらいに聞こえていた呼吸音が自分のものだったと悟る。
額からドッと汗が流れ落ちた。口内は乾燥して粘度の高い唾液が舌の動きを阻害している。振り返ってはいけない・・・そう感じているのに、体が勝手に動き出す。
ゆっくりと振り返る。真理子の視界が捕らえたのは、一人の少女の姿だった。
奇妙な少女だ。見た目は小学生くらいに見える。西洋の古風な衣装を身に纏い、頭からはすっぽりと赤いずきんを被っていた。通い慣れた通りで、少女だけが世界から切り離されているかのように異物感を放っている。
ずきんの中から覗く形の良いアーモンド型の瞳が、ジッと真理子を見つめていた。
「誰……?」
震える声で問いかける。
少女はその問いかけに、コテンと可愛らしい仕草で首をかしげた。
「見てわからないの?」
わからない。
分かるはずなどない。
こんな異物感を放つ少女になど出会った事はないのだから。
ああ、しかし、少女の被っている赤いずきんが真理子に何かを連想させる。
そう、小さな頃に絵本で読んだことがある……。
「正解、正解よオオカミさん。わたし、赤ずきん」
気がつくと少女は真理子の目の前にいた。手を伸ばせば触れられるほどの近さ。・・・そして、赤ずきんを名乗る少女の右手には、異様な程大きなハサミが握られていたのだ。
「ヒッ!?」
思わず一歩後ずさる真理子。しかし距離を取ろうというのならば、その行動は少しばかり遅すぎた。
鋭いハサミの刃がズブリと腹の肉を貫く。おぞましい異物感と、遅れてやってくる激しい痛みに真理子は転倒する。
「い…痛……ハサミ……お腹…………なんで……」
傷口からはドクドクと鮮血が流れ出ている。パニック状態の真理子は、それでも元凶から距離をとろうと試みるが、その行動を少女は許さなかった。
少女は真理子に馬乗りになってその体を押さえつける。小さな少女の体のどこにそんな力があるというのか、真理子の体はピクリとも動けなくなった。
「さあ、お腹を裂いて石を詰めなくちゃ」
人間離れした歪な笑みを浮かべる赤ずきん。右手のハサミがギラリと光る。人通りの無い通りに、真理子の断末魔の声が響き渡った・・・。
◇
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