【Web版】バンドをクビにされた僕と推しJKの青春リライト

水卜みう🐤青春リライト発売中❣️

第1部

第一章 破戒無慙八月

 ※縦読み推奨です(行間をあけていないので、横より縦のほうが読みやすいです)

 ビューワ設定(左上の「ぁあ」のところ)から「縦組み」を選択すると快適に読めるかと思います


 ※0:00更新で一日一章ずつアップしていきます






「――まあ、平たく言うと、デビューの条件はドラマーである芝草しばくさとおるくんの脱退。というわけになるね」

 とある八月の暑い日の昼下り、場所は東京の大手レコード会社の会議室。

 目の前にいるお偉いさんは、僕、芝草融の所属するロックバンド――『ストレンジ・カメレオン』がメジャーデビューするための条件を突きつけてきた。

 その条件はシンプル。

 メジャーデビューのためには僕がこのバンドをやめなければならないということ。それは、僕に対する事実上の解雇宣言。

「そ、そんなバカな条件、冗談ですよね……?」

「冗談に聞こえるのかい? ならば君は自分の立場をわかっていない相当な楽天家だねえ」

 そのお偉いさんの口調と、全然笑っていない目つきに僕は肝を冷やす。

「今どきはかなりテクニカルなドラミングが求められるからねえ。もっと上手いサポートドラマーを連れてきたほうが、ストレンジ・カメレオンというバンドの表現の幅はどんどん広がるのよ」

 お偉いさんはそう続ける。

「そ、それは確かにそうかもですけど……」

「んで、そのためには君のドラムがボトルネックってわけ」

「僕のドラム、そんなに下手ですか……?」

「いや、まあ、一応メジャーデビューのお声がかかるぐらいの腕前はあるんじゃないの? でも結局その程度だってことぐらい、君にも自覚はあるよね?」

 チクチクと刺さるお偉いさんの言葉に、僕は声を出せなくなった。

 ドラムの腕前は自分でもよくわかっていた。頑張って毎日基礎練習を重ねてきたけれど、ずば抜けた技術なんてものはない。僕より上手い人などこの世界にはごまんといる。

「図星のようだね。じゃあもう、脱退してもらう以外ないんじゃないかな?」

 でもやっぱりバンドは辞めたくない。こうなったら、仲間からの信頼関係に頼る他ない。

 僕はとっさに、同席していたバンドのギターボーカルである岩本いわもと陽介ようすけに助けを求めた。

「よ、……陽介はどう思っているんだよ。こんな話、まさか飲むなんて言わないよな……?」

 お偉いさんがこう言っていても、バンドの大黒柱である陽介が止めてくれるならば、まだ続けられるチャンスがある。高校時代から一緒にバンドをやってきた仲間だ。そう簡単に受け入れることなんてないだろうと、僕はわずかな望みを彼の言葉に託すことにした。

 だが、その望みはすぐに潰えることになる。

「……俺は、デビューしてもっと上に行くために犠牲を払うのは仕方がないと思っている。だから融、申し訳ないがここはバンドから抜けてほしい」

 僕は言葉が出なかった。

 つい先程まで味方だったはずのバンドメンバーが、ここに来て手のひらを返して来たのだ。

 陽介は更に、僕の心を闇へおとしいれるように追い打ちをかける。

「正直なところ、やってみたい曲はたくさんあるが、ドラムがネックでチャレンジ出来ないなんてことが結構あるんだ。だからこそ、メジャーで勝負していくなら、ここでお前と決別する必要があると思う」

 綺麗事のように聞こえるその陽介の言葉。僕への決別宣言は、心に鋭く突き刺さってきた。今までの努力は何だったのかと、僕は涙が溢れそうになる。

「……なあ、嘘だよな? さすがに嘘だよなぁ? だ、だって……、十年も一緒にバンドをやってきて、今になってクビとか……、そんなこと無いよな……?」

「……嘘じゃない。これは音楽人として生き残るために下した苦渋の選択なんだ、わかってくれ」

「そ……、そんな……」

 僕は膝から崩れ落ちた。ショックを受けると、人というのは足腰に力が入らなくなるのだなと改めて感じた。十年苦楽を共にしてきたメンバーですら、僕を守ろうとはしてくれなかった。しかも、他のメンバーからも異論がないところを見ると、事前に根回しがされているように思える。

 おそらく僕の脱退は既定路線だ。歯向かったところで状況が変わるかといえば、そうではない。僕は、クビになる運命だったのだ。

「……わかりました」

 吐き出した感情をぐっと押し殺して、僕は首を縦に振ることしかできない。バンド漬けだったこの二十六年の人生で、ここまで悔しい思いをしたのは初めてだ。

「すまん融……、本当は誰一人欠けずにメジャーへ行きたかったんだが……」

 陽介や他のメンバーは申し訳なさそうに頭を下げる。

 表向き彼らは僕に対して謝罪の態度や言葉を向けてくるが、内心そんなことは全く思っていないだろう。だって、僕がいなくなることで晴れてメジャーデビューできるのだ。厄介者を排除するのが必須条件とあれば、彼らはやすやすと魂を売る。

 そんなことはこの業界にはよくあることだ。と、世話になった先輩から聞いたことを僕は思い出した。

「そうかそうか、じゃあ改めてストレンジ・カメレオンのメジャーデビューは決定ということだね。これからよろしく頼むよ」

 お偉いさんはそう言うと席を立つ。おそらくこれから、残されたバンドメンバーにはメジャーデビューの契約についての話があるのだろう。

 一方で僕はといえば、この時点でもう立派な部外者だ。一秒でも長くこんな場所に居たくないと思った僕は、逃げるようにその会議室を出た。

 僕のこのバンドでの十年間は、なんの意味も持たない時間だった。自分の実力の無さと、ここまでの人生の選択、それら全部を僕は憎んだ。

 やり直せるものならば、やり直したい。そんな叶うわけのないことを思いながら帰り路を歩き、気がつくと僕は自宅のベッドに横たわっていた。

 芝草融二十六歳、夢破れた瞬間だった。




 それからの僕の生活は荒みに荒んでいた。本職であるドラムを叩くことはもちろん無く、生活費を稼ぐためのアルバイトにも行かない。ただ部屋に籠もって嫌なことを忘れるために酒を飲み、時間という時間を消費していた。

「クソっ……なんで僕ばっかりこんな目に……」

 ここ数日アルコールが切れることはなかった。酩酊する意識の中、悔しい気持ちを独り言として吐き出すことを繰り返している。

 傍から見ればどうしようもない大人に映るだろう。しかし、生き甲斐にしていた自分のバンドを追放されるような形で辞めることになったのだ。誰だってこんな風に自暴自棄になる。

 今頃、元いたバンドやレコード会社のウェブサイト、SNSなんかではメジャーデビュー決定の発表がなされ、ファンは大いに湧いていることだろう。多分その中に、僕が脱退することに対して悲しんでいる人なんていない。

 誰にも認識されないまま、静かに表舞台を去っていくのがこんなにも辛いのかと、そんなことを思い出す度に僕は心を抉られている。


 気を紛らわすために部屋にはずっと音楽を鳴らしていた。

 もちろん自分のバンドの曲や親しい仲間の曲など聴く気はしないので、遠い世界にいるような人の曲を選んでいる。――その歌の主は奈良原ならはら時雨しぐれ、今をときめくシンガーソングライター。

 彼女の印象を一言で表すなら『透明感』だろう。歌声にも容姿にも、この世の物とは思えない透き通った感じがある。

 アイドルではないのでこういう表現をしていいのかはわからないが、彼女は僕の『推し』であると胸を張って言える。それぐらい好きだ。そしてその特異なキャラクターと唯一無二の楽曲は、リスナーたちの心を鷲掴みにした。ミュージックビデオやサブスクリプションの再生回数は国内随一となり、今や街を歩けば彼女の歌声を耳にしないことはない。

 メジャーデビュー直前で戦力外となった僕とは、まるで月とスッポンの差だ。

 ただ、不思議なことに僕は彼女と少しだけ面識がある。奈良原時雨は、実は僕と同じ学校の同じ部活に所属していたのだ。

 彼女は容姿こそ目立つが、何故かあまり人を寄せ付けない存在だった。所属していた部活――軽音楽部でもほぼ幽霊部員のような感じ。案の定、周囲に馴染むことなくいつの間にか部活を辞め、学校を辞め、そしていつの間にか歌手デビューをし、スターへの階段を駆け上がっていったのだ。

 彼女とまともに会話をしたのは、最初に出会ったときのあの一回きりだ。それでも鮮烈に覚えている。当時は高校生ながら、本当にこの人とは住む世界が違うのだなと思った。あんな風になれたら僕も違う人生を歩んでいたのかなと、酔っ払いながらぼんやりそんなことを考えていた。


 もう何時間酒を浴びているだろうか。窓の外はすっかり暗くなっている。

 オーディオからは一週間前にリリースされた奈良原時雨の新アルバム、『トランスペアレント・ガール』の中に入っている『Re:』という曲が流れている。

 この曲は今の僕にはよく刺さる。それは、人生をもしやり直せたらこうしたいという気持ちを歌ったものだったから。孤独な青春時代を送ってきたという奈良原時雨が歌うことによって、その歌のメッセージ性や音楽性がより強く引き立っている。間違いなくこの曲は名曲と呼ばれるようになるだろう。

 一方でつけっぱなしのテレビからはゴールデンタイムのバラエティ番組が放送されている。当然、見る気なんて起きやしない。静かになるとまた余計なことを考えてしまうので、とにかく騒がしくしておくために惰性でつけているだけ。途中で番組の間に挟まるニュースなんかも、内容は全く入ってこない。

 しかし、とある臨時ニュースが流れたとき、僕は正気に戻った。その内容が己の耳を疑わざるを得ないものだったから。

『速報です、人気シンガーソングライターの奈良原時雨さんが、今夜一九時半ごろ自宅マンションのベランダから転落したという情報が入ってきました。現在奈良原さんは救急搬送され都内の病院で――』

「えっ……? うそ……、だろ……?」

 あれだけ酒を飲んだのにも関わらず、酔いが急に醒めた。

 自宅マンションのベランダから転落。そう表現すると事故のようにも見えなくもないが、実際は自ら飛び降りたというのが正しいだろう。

 すなわちそれは、自殺を図ったということ。

 あの天才シンガーソングライターである奈良原時雨が、この世を憂いて自ら命を絶とうとしたのだ。シンプルに僕はショックを受けた。

「なんでだよ……、そんなとこまで、新曲の通りにしなくたっていいじゃないか……」

 彼女が『Re:』という歌に込めたメッセージというのは、この世に対する絶望であったのかもしれない。成功者であっても、そこには成功者なりの悩みがあって、自分ではもう手に負えなかった。そんな素人なりの考察を、僕は酔った脳みそで巡らせる。

 あの奈良原時雨ですらこの世界には嫌気が差すのだ。底辺で這いつくばっている僕なんて、もうどうしようもない。

 心のなかへ絶望感が一気に注ぎ込まれたような感覚だった。

 バンドをクビにされて生きがいをひとつ失い、さらには推しがこの世からいなくなってもうひとつの生きがいさえ失ってしまったのだ。

「……俺も、ベランダから飛び降りたら人生やり直せるかな……」

 ふと、そんな言葉が口から出てきた。冗談めいた言葉のようではあるけれども、本心に限りなく近いそんな言葉だった。

 彼女がどんな大きな闇に包まれていたかは知る由もない。でも、僕だって今相当な絶望を抱えている。人生をやり直せるならば、喜んで飛び降りる用意だってある。

 この突然湧き立ち上がる衝動を止めるブレーキが今の僕には無かった。

 気がついたら何かに取り憑かれたかのようにベランダの手すりをよじ登っていた。そうして、あとひと呼吸で飛び立てるというところで、僕の意識はふとそこでブラックアウトした。傍から見れば奈良原時雨の後追いみたいに見えるだろう。

 でもその時の僕は彼女の気持ちが痛いほどわかった。なんなら、ここで飛び降りれば本気で人生をやり直せると信じてやまなかったのだ。

 やり直すために一度終わらせよう。それが奈良原時雨からのメッセージだったようにも思える。

 ――身体は重力に逆らうことなく地面へと向かっていく。

 そうこうする間もなく、僕の人生はここで一旦幕を閉じることになった。


 ※サブタイトルはeastern youth『破戒無慙八月』より

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