手のひらの葉っぱ
藍﨑藍
1枚目 共犯
声がした方に顔を向けた瞬間、水飛沫とともに何かが飛んできた。男の顔面に激突する寸前に左手で受け止めると、それを投げつけた女は口笛を吹いた。
「りんご?」
「それ以外何に見える」
数年ぶりの開催とあって、学園祭は大いに盛り上がり飲めや歌えやの混沌を極めている。だが、その喧騒もこの辺境までは届かない。野外ステージや食品模擬店が軒を連ねる花形エリアからは離れたところに位置する建物の端の端。そんな場所で細々と部誌を売るも、朝から客はゼロだった。くじ運の悪さに定評がある自分ではなく、せめてこいつが事務局に申請に行けば良かったのに、と同輩をにらみつける。
女は右手に持った赤いりんごに白い歯を立てる。芯だけを残してきれいに食べ終えると、口の周りと指をぺろりと舐めた。「洗ったからそのままいけるぞ」
「……これ、どうしたんだ」
「下で売っていた」女は窓の外に顎をしゃくる。「蛇みたいにのっぺりしたやつがテントを出している」
上階ということもあり、首を回しただけでは見えなかった。足元のゴミ箱を持ち上げると、女はさも当然と芯を放り込む。むせ返るような濃密な香りが立ち上り、教室全体を甘く包む。
女は頭の低い位置で内側に巻き込んだ髪をほどく。首を軽く振ると、長い髪がたおやかに広がった。「うまいぞ」
男はため息をつくと、手にしたりんごにかじりついた。滴り落ちる果汁を吸いながら咀嚼すると、口いっぱいに華やかな風味が広がる。
「まあ、買ったとは言っていないがな」
女の言葉に瞠目する。男の歯形がついたりんごは不格好で醜かった。
「盗ったとも言っていないがな」女は妖艶に顔を近づける。「さあ、どう思う?」
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