第8話 【閑話】地獄



小さい頃は凄く幸せだった。


両親にも愛され、いつも笑っていた記憶があるよ。


エリスお嬢様や奥様は何時も意地悪だけど…皆が庇ってくれるからそんなに気にならなかった。


使用人だから仕事は有るけど、自由な時間は散歩をしたり、美味しいお菓子を他の使用人の子がくれたり、うん、凄く『幸せ』だったな。


「この子程、可愛らしい子は見たことが無い」


「※※※ちゃん、大きくなったら僕と結婚してくれる?」


そんな話ばかり。


私は子供だから、そんな将来の事なんて解らないよ。


「うん、そうね!大きくなったらもう一度言って、その時に答えるから!」


そう言うのが精いっぱいだった。


だって本当に子供だし『恋愛』なんて解らないもん。


ある日の事エリスお嬢様の6歳の誕生日、沢山の貴族の子がお祝いに来ていた。


貴族の誕生日会なんて使用人の娘の私には関係ない。


ただ、裏方でお手伝いをする、それだけの事です。


だが、この日は違っていました。


裏庭でお手伝いに走っている私の先にリューク様が居たのです。


「待ちたまえ!」


「はい、何でしょう?」


「君は凄く美しい! 名前を聞かせて欲しい!」


「※※※です、リューク様」


「そうかい? ※※※っていう名前なんだね、綺麗な君に良く似合う素敵な名前だ! 良かったら、そうだ今度僕のお茶会に来ないかい?」


「お戯れを…失礼しますね!」


幾ら子供でもこれが冗談なのは解ります。


何かトラブルに巻き込まれるといけないから、直ぐにその場を後にしました。


リューク様は『貴公子』と呼ばれる貴族の女の子の憧れの存在です。


見た目も美しく、頭脳明晰で更に子供なのにもう騎士と一緒に剣の練習までしているそうです。


憧れが無いと言えば嘘になります。


ですが、リューク様はエリスお嬢様の思い人。


巻き込まれるといけないから『近づかない』この選択しか私にはありません。


幾ら、憧れの『貴公子』でも貴族の子息。


平民の私には縁が無い方です。


『関わらない』


それが使用人の私には一番です。


◆◆◆


「ちょっと、※※※ふざけないでよ、使用人の癖にリューク様に色目を使うなんて、何様なの?」


「私、色目なんて使っていません!」


「それじゃこれは何かしら?」


エリスお嬢様が手に持っていたのは『リューク様のお茶会の招待状』でした。


「私は、何も知りませんし、何もしていません!」


「そうかしら? それじゃなんで、私にお茶会の招待状が送られてこないで、貴方に送られてくるのかしら?」


「それは…」


「お母さま、※※※が私のリューク様を好きなのを知って色目をつかって…酷いわ、ヒクッグスッ」


ウソ泣きなのは解っていますが、私は使用人だから、それを指摘できません。


「まぁ良いわ、覚えておきなさい!ふんっ!主人に恥をかかせるなんて、酷い使用人ね、屋敷から出て行きなさい!」


「奥様、お許しください」


「お嬢様、お許し下さい」


両親が間に入ってその場はなんとか収まりました。


私が別にリューク様に何かしたわけじゃ無いのに…


ですが、この事件が起きてから私は今まで以上に意地悪をされる様になったのです。



◆◆◆


8歳になった時、私は自分の胸に違和感を覚えました。


胸が何となく大きくなり、違和感を覚える様になったのです。


母に話を聞くと母も同じような経験をしたそうで、直ぐに奥様にお話をして下さいました。


「そう? それは仕方ないわね! 近くの教会に話をしておきますから、其処に通いなさい! よい? サボるのは許しませんから、他の教会にはいかせませんからね」


「はい」


教会にその足で行き『貧乳薬』を貰いました。


これで、もう大丈夫…この時の私は、何も知らずにそう思っていたのです。


それが可笑しいのです。


私の胸の成長が止まりません。


体は丸みを帯びてきて…ブサイクの象徴の胸がぷっくりしてきました。


もう見た目も誤魔化せない位に私の胸は大きくなってきました。


「なんだ、あの胸、顔が可愛いだけあって残念だな」


「俺※※※の事好きだったけど、あんな胸じゃ…気持ち悪いよな」


「あれなら、ブサイクで胸が無い女の子の方がまだいいよね」


「一気に※※※負け組じゃん、可愛そう!」


もう私は女として終わっています。


服の上からでもはっきりと解かる位、胸の大きさが解るようになりました。


『怖い』


多分、人として見られる、ギリギリの大きさです。


此処からもう少し大きくなったら『化け乳』扱いされます。


そうなったらもう、女として所か人間として終わってしまいます。


「助けて下さい」


「奥様、娘を娘を助けて下さい」


「お願いします」


「仕方ないですね!使えない子ですが、司祭に話して『貧乳魔法』を使って貰います!はぁ金貨が飛びますが、我が家から『化け乳』がでるよりマシです、本当に面倒くさい子ね」


「ありがとうございます」


「「ありがとうございます」」


これが、両親が私を『人として扱ってくれた最後』でした。


◆◆◆


私の胸は魔法を使っても成長が止まりませんでした。


「なんで此処に居るのかしら? あれ『化け乳』でしょう」


「本当に視界に入るなよ、気持ち悪い」


「気持ち悪いんだよ! あっちに行けよ…」


「ご、ごめんなさい…」


私のせいじゃない、私だって好きで胸が大きくなったんじゃないのに…


皆、酷い…可愛いって、言ってくれたのに…貴方なんて結婚したいって言ってくれたよね?胸が大きくなっただけでこれなの?


それなのに、まだまだ私の胸は大きくなっていきます。


最近はお父さんやお母さんも、碌に口を聞いてくれません。


だけど、もう相談できるのはお父さんとお母さんしか居ませんでした。


「お父さん、お母さん怖いよ…胸が胸がどんどん大きくなっていくの…怖いよ」


「気持ち悪いんだよ『化け乳女』」


「貴方なんて私の子じゃないわ」


「そんな、お父さん、お母さん、助けてよ」


「「娘だと思ってくれるな(わないでちょうだい)」」


私にはもう味方は誰もいない。


それがこの時解りました。


私は『化け乳』だから…


それからの毎日は酷い物でした。


私には何をしても許される。


それが解るとエリスお嬢様だけでなく、使用人の皆も私に意地悪をし始めました。


最初は、食事が無かったり、メイド服が破かれていたり…足を引っかけられた程度でしたが、日に日にエスカレートしていきます。


酷いときにはいきなりお腹を殴られたりと本当に酷かったです。


この日もいきなりビンタされて、囲まれました。


「やめて、やめて…お願い」


「煩いな、豚女、そんな醜い胸ぶら下げて気持ち悪いんだよ…」


「俺、お前ならまだオークの方が良いよ」


「言えているな、誰か、この女とやれる奴いる?」


「気持ち悪くて吐くから無理だな」


泣くのを我慢して私が黙って立ち去ろうとすると…


「お前なに逃げようとしているんだよ?」


「お仕置きが必要だな」


「そうね…」


「いや、いやいやぁぁぁー-痛い、痛い、痛いよ止めてよー-っ」


流石に本気では無いのかもしれない…


だけど、皆なして、殴ったり、蹴ったり…痛い、痛いよ。


「此奴、鼻血をだしてるぜ」


「唯一真面な顔がこれじゃ、もうゴブリンの方が良くない?」


「確かにオークのメスの方がマシかもな!」


「鼻血にお鼻水出して、顔も少し腫れてきたな…キモイから行くぞ」


「そうね」


「ううっううっ….うわぁぁぁぁー――ん、私だって、好きでこんな体になったわけじゃ無いのに…なんで、なんでよー――っ」


幾ら泣いても、この地獄は終わらない…だけど、だけど涙が止まらない。


◆◆◆


私は『化け乳』…


『化け乳』醜い胸の気持ち悪い女。


もう、そう諦めて生きていくしかない。


人生を諦めて生きていく、ようやく諦めがつきました。


そんなある日の事です。


前からエリスお嬢様が歩いてきます。


その横にはリューク様がいました。


私が隠れたかったですがこの廊下は一本道。


逃げ場はありません。


私は顔を伏せ立ち止まり、過ぎ去っていくのを待ちました。


「待ちなさい※※※、その胸凄いわね…本当に気持ち悪いわ『化け乳』になったのね」


「嘘、この胸が化け乳か?本当に気持ち悪いね、これ本当に人間の胸なのかい?」


「凄いでしょう…これ本当に胸なのよ」


「服の下はどうなっているんだろう?」


「直接見たら良いじゃない? ※※※リューク様がその醜い胸を見たいそうよ!めくって見せなさい!」


「嫌です」


「貴方はもう使用人以下なのよ?断る権利は無いわ!豚や家畜と同じ、そうよ服を着ているのが可笑しいのよ!脱ぎなさい!」


「嫌です」


「その服は、家が貴方に貸しているの? それなら返しなさいよ!」


「嫌、嫌です、許して下さい」


「駄目よ!良い所にきたわね!皆さんこの『化け乳』を押さえつけて服を脱がしなさい! 家畜以下の人間が服を着ているのは可笑しいわ」


「「「「「はい、お嬢様」」」」」


「嫌ぁ嫌ぁいやぁぁぁぁぁー――っ」


私がどんなに泣いても喚いても誰も止めてはくれません。


結局私は服を引き千切られて『胸を晒す』事になりました。


「うわぁぁ!気持ち悪いよ、見るんじゃなかった気持ち悪い!こんな脂肪がついているのかい? まるでオークの胸みたいだ…吐き気がする!エリス、もう良い、行こう」


「はいリューク様」


耳元でエリスお嬢様が小さな声で私に言いました。


《調子にのるからこうなるのよ!もう誰も貴方なんて愛さない》


これで解ってしまった。


私は罠に掛かっていたのです。


「この気持ち悪い『化け乳女』は今日から家畜番にします!豚小屋で生活させて館に一歩も入るのも許さない…徹底しなさい」


「待って皆、私騙されていたの…だれか助けて」


なんで、皆、目を伏せるの…


「あははははっ馬鹿ね、此処は私の家なのよ? 貴方を化け乳にする為に私がした事なんて皆知っているわ!皆、喜んで手を貸してくれたわ」


「そんな…」


「ねぇ、デューク、貴方この化け乳気にいっていたわよね? 欲しければあげるわ…要る?」


「馬鹿言うなよ、気持ち悪い、こんな化け乳女見るのも汚らわしい! 行くよエリス…もう視界にも入れたくない」


「そうね…あはははははっ女性に優しい『貴公子』のデューク様でも気持ち悪いって!※※※、貴方は今日から豚と同じよ、豚…あははははっ、じゃあね化け乳の子豚ちゃん」


「いやぁぁぁぁぁー―――っ」


私の地獄が始まった。










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