第7話 君の名はアイカだ。



「少しは落ち着いたか?」


「はい…こんな豚以下の女に、優しくしてくれて…グスッありがとうございます…」


俺にとっては最高の美人なんだが、今それを言っても仕方が無いな。


「その話は置いておいて、今は自己紹介しようか? 俺の名前はリヒト、S級冒険者で、勇者パーティを首になった。ジョブは魔法戦士、まぁこんな所かな」


「知っています!有名人ですから…私はグスッ、名前はありません。『豚女』とか『化け乳』、『オーク女』って呼ばれる事が多かったです…あとは『オイ』『お前』…名前なんてないんです…両親は貴族様に仕えていましたがそれだけです。ジョブはありません…その、化け乳なので…」


化け乳、巨乳だとジョブが無い『無能』になるのか?


まぁ良い、教えて貰える範囲で教えてもらおう。


「貴族に仕えていた両親が居て、なんで奴隷になったんだ!教えて貰える範囲で良いから教えてくれないか?」


「はい…」


彼女は半泣き状態で話し始めた。


◆◆◆


彼女の両親が仕えていたのはバルバドール侯爵家。


そこで彼女の両親は執事とメイド長をしていた。


小さい頃の彼女は、可愛らしく蝶よ花よと育てられていたそうだ。


確かに顔も綺麗で可愛いのだから、胸が大きくなければ、この世界でも美少女だ。


所が問題が一つあった、バルバドール侯爵家には彼女の一つ年下の娘所謂、お嬢様が居たのだ。


そのお嬢様の名前はエリス、そばかす顔で残念ながら容姿が良くなかった。


彼女の取り柄は貧乳で背が低い事位しかなかった。


自分の容姿に自信が無く、彼女といつも比べられていたエリスは彼女を妬み憎んでいたらしい。


「憎んでいたのなら追放でもすれば良いような気もするけど?」


「あの…私、顔だけは凄く良くて、美少女じゃないですか? 相当恨まれていたみたいで、多分追放だけじゃ許せなかったのかも知れません」


「そう…なのか?」


「はい…」


毎日のようにエリスやその母親に虐められていたが、両親は使用人という立場でなので庇ってはくれる物の、それ以上の事は出来なかったそうだ。


そして、彼女が8歳になった頃、彼女の胸が大きくなり始めた。


普通なら、教会から『貧乳薬』も貰ったり『貧乳魔法』を使って貰い、大きくしない処置をするそうなのだが、彼女を妬み恨んでいたエリスやその母親は司祭に裏金を払い『偽物の貧乳薬』を渡すようにしたり、魔法を掛けた振りをさせたそうだ。



「それで?」


「あははははっ!それで人生はもう終わりです!どんなに可愛くても『化け乳』じゃ気味悪がって誰も相手なんてしてくれませんよ?10歳の頃にはもうかなり大きくなって両親すら気味悪がって、口も聞いてくれなくなりましたよ!あんなに可愛いっていってくれた使用人の男の子も皆が化け物を見るような目で私を見る様になりました…」


俺からしたら夢と希望が詰まったメロン大の胸を持つ彼女が『化け物』扱いか…何処まで歪んでいるんだ、この世界と『貧乳聖女』


「大変だったんだな…」


「ええっ大変でしたよ!屋敷は追い出されませんでしたが、館には入れて貰えず、豚小屋で暮らさせられる様になりました、更に胸が大きくなり始めたからです!家畜小屋の掃除や糞尿の処理から堆肥の管理、人が嫌がる仕事は全部私ですね…もう汚いのも臭いのも当たり前の生活ですよ!そして此処迄落ちた私を見限り、両親からは『娘だと思ってくれるな』と言われましたね、名前を名乗る事も許されなくなりましたよ! 名前をとられた私はそこからは『豚女』『オーク女』『化け乳』と皆から呼ばれ馬鹿にされる人生です! 仕方ないですよね? 本当に『化け乳』ですもの…こんな醜い脂肪の塊を2個もぶら下げた醜い体なんですもの…何度これを斬り落として死のうと思ったか解りませんよ!しかも、今迄出会った、同じ化け乳でも此処迄酷いのは居ませんでしたよ!」


あそこに居た他の奴隷は普通にデブで殆どが巨乳じゃない。


これ程スタイルが良い女性はこの世界で言われてみれば何処にも居なかったな。


しかし、俺はどうすれば良いんだ?


エリスと母親が居なければ、彼女は生まれなかった。


恨むべき相手なのか?


それとも、お礼を言うべき相手なのか、最早解らないな。


だが、不思議な事がある。


ジョブが何故ないんだ?


普通なら、必ず貰えるはずだ。


しかも、悪人なら悪人なりに『盗賊』等のジョブがある。


それはまた生涯消えることは無い。



そう聞いた事がある。


彼女にジョブが無い。


その理由が解らない。


両親は貴族に仕えていたのだから『無能』とは考えにくい。


そう考えると生まれながらにして『ジョブ』が無い『無能』に生まれるわけが無い。


「大変な生活をしていたのは解ったけど、なんでジョブ迄無いんだ?」


「うふふふっあははははっ…リヒト様、知らないんですか? 女神様も胸が小さくて大きな胸が嫌いなんですよ! 笑っちゃいますよね!屋敷を出て一人でひっそり生きていこう…そう思って『ジョブの儀』に行ったんですよ…皆が次々と貰った紙にジョブが浮かぶなか、私だけ真っ白でしたよ! もう笑うしかありませんよ! 女神様まで私を嫌うんです!」


女神イシュタスも貧乳だったのか?


だから、幼馴染の三職も貧乳だったんだな。


「今迄、大変だったんだな」


それしか言える言葉が無いな。


「そうですね、本当に地獄でしたよ…今も地獄です!ですが一つだけついていた事があったんです!パルバドール侯爵家が大きな盗賊団に襲われて皆殺しにされたんです!だけど、私は家畜小屋で生活していたから助かったんです。最も豚と一緒に二束三文で他の貴族に売られちゃいましたけど…」


最早どう声を掛けてあげればよいか解らないな。


俺なんか比べ物にならない酷い生活だ。


孤児ではあったけど、これに比べたら俺は幸せだ。


「それで、俺は君をなんて呼べばよい」


「あはははっ、リヒト様は私をどうしたいんですか? この醜い乳を見て罵りたいんですか? 豚女でも化け乳女でも好きに呼んで、グスッ良いですよ? 見て笑えば良いんです! 化け乳女に名前なんて要らないんですからー――っ」


そう言って男物のシャツをめくりあげた。


彼女の胸には大きなメロンの大きさの綺麗な二つの胸がぶら下がっていた。


俺には…目の保養だ。


「綺麗だ…」


「嘘は要りませんよ? こんな醜い肉塊が綺麗…同情?それとも馬鹿にしているんですか、グスッ…同情はグスッ…もっと惨めになります…よ…」


「本当にそう思うから口から出た言葉だよ、だったら名前は俺が決めて良いんだな? そうだな!アイカ、君の名前はアイカだ…それでどうだ?」


なんだ?


急に考え込んで…


「アイカ…私はアイカ…豚女でも化け乳でも無く、アイカ…そう呼んでくれるの…」


「ああっ、嫌じゃなければな」


「アイカ…そうアイカ? えへへっ凄く嬉しいな~」


笑うと凄く可愛くて綺麗だ。


「そう、喜んで貰えて良かったよ…アイカ」


「名前…ありがとうございます」


今迄と違いきっとこれからは…楽しくなる。


絶対に…そう思った。



 


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