第16話 学年序列三位 対 C級魔術学生 <2>

 

 ──「限界加速リミット・アクセル」。


 それはかつて「比類なき独裁者クロノス・ディクテイター」という二つ名でも呼ばれていた魔術。


 その概要は、術師の動体視力と身体的な動作速度を爆発的に加速させるという術だ。


 それを「ただ素早く動けるようになるだけ」と捉えたならば、「身体能力強化魔術」となんら大差がないと言えるだろう。


 しかし、「身体能力強化魔術」はA級魔術師相当の魔力で発動したとしても時速で換算すると20~30km/h程度しか上昇しない。


 それに対して、「限界加速」を発動した術師が疾走した場合のその速度はなんとに達する。

 更に、「限界加速」により引き上げられた動体視力は放たれた弓の矢でさえ止まっているかの如く術師の目に映す。


 それはまさに、人智を超越した力。


 かつて領土争いの絶えなかった古の世界で、たった一人の術者によって戦況を支配されてしまうことから「比類なき独裁者クロノス・ディクテイター」の二つ名で恐れられた魔術。


 歴史上でも数える程の使用者しか存在しない、非常に希少な適性を求められる魔術である。


 エリザ・ローレッドとの決闘の最中、シオン・クロサキはその「限界加速」を発動して迫り来る魔術の悉くを躱してみせた。


 一体何故、ただのC級魔術学生に過ぎない彼がそのような高位魔術を扱えるのか。


 端的に結論を言うなれば、「たまたま運が良かったから」……である。


 人が扱える魔術には、それぞれ得手不得手が存在する。


 一般的に「魔術師」と分類される者達は、自身の魔力を変換して外部に放出する能力に優れている。

 そして同様に「近接戦闘職」に分類される者達は、魔力によって自身の身体能力を引き上げる能力に優れている。


 その他にも魔力の影響を物質に及ぼす能力など、それぞれ使用出来る魔術によって得意分野が分けられる。


 基本的にはそういった得意分野は生まれつき体内に流れる魔力の性質によって決まり、同時に複数の分野を得意とすることは殆どない。


 更に、魔術師として適性のある魔力を持つ者でも扱う魔術の属性によって得意不得意は存在する。

 炎、水、風、雷といった基本属性の魔術をA級相当に扱える術師が、土属性の魔術だけは全く扱えない、という場合がある。


 逆に、土属性以外の炎、水、風、雷、といった基本属性を全く扱えずとも、土属性だけはA級相当の魔術を扱えるという場合もある。


 そのように一見ろくに魔術を扱えないように見える術師も、生まれ持った魔力の適性によって何か一つだけ並外れた才能を発揮する事は決して珍しくはない。


 そしてシオンにとっての「限界加速」こそ、まさにその適正のある魔術だった。


 彼が「ほとんどの魔術をろくに扱えない」という人並み以下の才能に生まれた事と同様に、「限界加速」を扱える事もまた彼が持って生まれた才能の一つ。


 しかし、「生まれ持った才能によって高位の魔術が扱える」と言うと、非常に幸運なように思えるかもしれない。


 事実、それが幸運であることは間違いないが、彼が「限界加速」を修得するに至るまでの過程は決して楽と言えるものではなかった。


 自身の魔術の才能が人並み以下であることを自覚していた彼は、幼少時代から自らに合った魔術を模索していた。


 何か一つでも、人に負けない魔術を身に付ける為に。


 直感で魔術を理解することの出来ない彼は必死に魔術の構成や術式を勉強し、途方もない時間を自身に合った魔術を探すことに費やした。 彼は数え切れぬ程膨大な量の魔術を一つ一つ丁寧に勉強し、発動を試みた。


 しかし、ただの一つでさえ禄に発動出来る魔術は存在しなかった。


「次の魔術を扱えたら強いだろう」、「次の魔術ならば、自分は発動出来るかもしれない」。


 そういった希望を何度抱いても、それらは全て無残に潰えた。


 努力しても努力しても努力しても、その結果得られるのはいつだって「自分には才能がない」という事実だけであった。


 それでも、彼は決して挫ける事はなかった。


 何度絶望を突きつけられようと、どれだけ自分の才能の無さを知ろうと、彼は決して諦める事はなかった。


 諦めない限り、可能性はあると信じていたから。立ち上がり続ける限り、その先に光はあると信じていたから。


 そして、彼は手にした。


 たった一つの、人に負けない魔術を。


 彼のその執念が、決して挫けぬ心が、「限界加速」という魔術を掴み取ったのだ。


 人生の殆どを魔術に費やすという膨大な時間、その桁外れの執念、驚異的な集中力、それらを以って。


 その性質上、発動時は常に術師の意識を極限まで加速させていなければならない程、尋常でない集中力を要する「限界加速」。


 シオンがその魔術を得たのは、単なる偶然か、はたまた必然か。


 その魔術は、彼が扱える魔術の中で群を抜いて高位の魔術。


 シオン・クロサキにとっての、──最強の切り札。


 学年序列三位のエリザ・ローレッドとの決闘において窮地に立たされた彼は、その切り札を以って彼女を迎え撃った。


 彼女の繰り出す無数の風の矢「滅し穿つ旋風の雨射」を、その全てを掠り傷一つ負わずに躱しながら彼女に歩み寄ったシオン。


 エリザまでの距離が二メートル余りになった瞬間、思わず魔術を止めて後方へ飛び退いたエリザに対して彼は一気に距離を詰めた。


 そして、驚きのあまり言葉を失ったエリザに対して彼は右の掌を彼女の眼前に向けると、ただ淡々とした口調で言い放った。


「──チェックメイトだ」、と。



 だが、その直後───。



「……舐めんなああああッ‼」


 吼えたのは、エリザ・ローレッド。


 眼前に手の平を向けただけで魔法陣を展開することもなく、圧倒的に格上のはずの自身に対して温情を掛けたのかただ降参を促す彼に対しエリザは激昂した。


「(まだ私は、負けてないッ‼)」


 彼女は前方にシオンの上半身程の魔法陣を展開すると「巨人の凍拳グロース・ツー・フリーレン‼」と、激情のままに詠唱を行った。


 魔法陣から生み出されたのは、氷で作られた巨大な拳。


 シオンへ向けて真っ直ぐに繰り出された「巨人の凍拳」はほぼ密着状態にあった彼の胴体に直撃し、強い衝撃と共にその身体を遥か後方へ押しやった。


 氷の腕は魔方陣から高速で伸び続け、まるで巨大な氷の柱に押し潰されるかの如く、シオンは轟音と共に闘技場の壁に叩きつけられた。


「ぐぇ」


 氷の拳に強く圧迫され、シオンは肺から込み上げてきた空気を吐き出した。


「はぁっ……はぁっ……」


 渾身の魔術を繰り出したエリザが息を切らしながら魔法陣に魔力を注ぐ事を止めると、氷の拳は細かく砕け散り、ごく小さな結晶となって消滅した。


 体を壁に押し付けていた氷の拳が消滅したことで途端に支えを失ったシオンは、そのまま膝から地面に崩れ落ちてうつ伏せに倒れた。


 その一部始終を、非常に険しい表情で見つめるエリザ。


 シオンが立ち上がり、驚異的な速度で再び自身の元へ襲い来る事をエリザは警戒していた。


「滅し穿つ旋風の雨射」を、その全弾を躱すという神業をみせた男がこうもあっさり「巨人の凍拳」に当たったのは何か訳があるはずだと彼女は考えている。


 恐らく、「巨人の凍拳」程度ならば彼にとって避けるまでもないと思っての被弾だったのだろうとエリザは予想した。


 あの男はまだ何かあるはずだ、わざと「巨人の凍拳」を受けた上で何か仕掛けてくるはずだと。


「──あれ程驚異的な魔術を扱う男が、このまま終わるはずがない」と、全身全霊で警戒しながら壁際で倒れているシオンに向けるエリザ。


 しかし、その男はそのままゴロンと転がって仰向けになると、



「───参った、降参だ」



 と、まるで小さな旗でも持っているかの様に左右に手を振りながら、非常にあっさりと決闘の敗北を宣言するのだった。


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