第7話 追い込みと愚かな信頼
「お、お前たち! こんなことをして、タダで済むと思っているのか!? 私が一声かければお前たちの居場所など、すぐになくせるのだぞ!?」
醜く肥えた豚が何やら喚いている。
ボンレスハムよろしく、麻ひもで縛られた肉体はだらしなく食い込んで今すぐ燻製にしてやりたくなる。
そんなことをしても美味しくならないどころか、簡単に終わらせてしまうことになるだけだから、絶対にやらないけど。
「わかったら今すぐこの縄を解け! 1分以内だ。1分以内に解かないなら、お前らの将来はないものと思え!」
よくもまぁこんな状況でそんな啖呵を切り続けられるもんだな。
こんな薄暗い廃屋の中、たった一人の豚がしばられて、10人もの男に囲まれてるんだぞ?
どう考えたって尋常ではない状況だってのはわかるだろうに。
将来どころか明日の光さえも拝めないのは自分だってわからないもんだろうか?
あーぁ、なんでこんなにバカなやつがエラくなれたんだろう。
こいつを上に上げた人たちも、間接的に今回の件の原因じゃね?
「早くしろ! ほらあと30秒ほどだ『バギィッ!!!!』」
あ。あんまりにも豚がうるさいから顔面を蹴り飛ばしてしまった。まぁどうせ処分してもらうんだしいいか。
「お、お前ぇ! こんなことをして、タダで済むと思って......『ドグシャァ』......うぎゃああああああ」
あ、今度は
っていうか、セリフがさっきと一緒じゃん。語彙力もないのか......。本当にどうしてこんなやつが教授になれた......?
ドガッ。バギッ。ドスッ。
鏡見先生に続くように周囲を取り囲んでいた男たち、
さながら、豚肉を柔らかくするために叩く過程だな。
脂肪ばっかりで食べられたもんじゃないけど。
どうでもいいことをぼんやりと考えていると、暴行も一段落したらしい鏡見先生が口を開く。
「淡井先生。......いや、もう先生と呼ぶ必要もないか。なぁ淡井。今まで楽していい思いできてよかったな?」
「が、ががみ............。おばべ......ごんなごどじて『ガンッ』」
まじで語彙力なさすぎる。何度同じことを言おうとするのか。
口の中も切れて、顎も多少砕かれて、発音こそさっきまでと違ってるけど、結局言わんとすることは「お前こんなことしてタダで済むと思ってるのか」っていうワンパターンな脅し文句だけ。
こんなやつの脅しに屈した朱遠さんたちがますます愚かに見えてくるから、いい加減黙ってほしいもんだ。
「淡井。まさかお前、まだお前の周りにいたやつらがお前に協力してくれて、自分や彼らに復讐してくれるとでも思ってるのか?」
「ふわぁ?」
死ぬほど間抜けな声を上げる淡井ことゴミ豚。
鏡見先生の指摘した通り、
哀れすぎて涙もでない。
そう、淡井の豚は見ての通りのバカだ。一人の力だけでここに至るまでの権力を持てるようになるわけがなかった。
その裏には大学だけじゃなく、近しい業界の人間が多数、豚と癒着していた。豚からの供給を受けた卑しい豚どもが巣食っていたわけだ。
まぁ、その供給っていうのが女じゃなくて金っていうしょうもないものだったのと、これからの利用価値があるからこそ、断罪はせずに逆に脅しをかけて飼い殺しにする作戦に出た。
鏡見先生がわざわざ、部外者である僕に、自分の研究室のボスのヤバイ部分を告発するメールを送るなんて危険な橋まで渡ってご連絡をくださったのは、一斉にこの癒着を暴いて、逆に脅しをかけるための人材が必要だったから。
一人ずつ追い込みをかけているようでは、一部の人間に逃げられてしまう恐れもあった。だから、一斉に叩く必要があったわけだ。
まぁ、追い込みをかけるのは簡単だった。
証拠だっていくらでもあるわけだし。
そいつらをこちらに引き込むのはなお簡単だった。
そもそも損得でつながってるだけのカスどもだ。そこに信頼関係なんてあるわけもなくて。
そもそもそんな打算まみれの関係に信頼関係なんて生まれるわけがないんだから。
いつ切り捨てられてもおかしくないのに、そのことにも気づかなかったわけだ。
優しい優しい鏡見先生はわざわざそのことを豚に教えてあげるらしい。
「淡井。信用しているのかしらないが、貴様がずっと癒着していた方がたは全員、ここに居るメンツで証拠を押さえて逆に脅しをかけてこちらに取り込んだ。貴様を助けるものなどもうだれもいない」
「なっ......!?」
いや、いまさら驚くようなことあるか? ほんとに無能だな......。
「貴様はやりすぎたんだよ。ラッキーなことに、ちゃんと処分してくれる業者も見つかりましたしね」
僕も大概キレてるけど、正直、朱遠さんのことは今更どうしようもないし、別に結婚してたわけじゃないから、しょうがない、くらいの気持ちの部分もある。
それよりも、鏡見先生のキレ方が尋常じゃない。まぁそれも当然かもな。大事な妻を奪った憎い相手なんだもんな。淡井から搾り取れる金やらなんやらの半分を渡すのを代価に裏の稼業の組織を引っ張り出してきて、こうやってボコって処分するっていうんだから相当なもんだ。
まぁ、鏡見先生は愛妻家で知られてたくらいだもんな。バレなきゃ淡井みたいなゴミ、処分しても問題ないだろう。
鏡見先生はさらに豚の今後の予定を教えてあげる。優しいですね。
「自分も詳細はしらないですが、淡井。貴様はまずは地下労働施設に向かい、男の労働者たちの便所になるということらしい。よかったな。性欲の塊の貴様にピッタリの職場だ。貴様はこんなに素晴らしい労働環境を与える自分に特大の感謝をすべきだ」
うむ、まったくだ。感謝すべきだろう。何を真っ青な顔をしているんだろう。
人のものを奪ってまで交わろうとするくらいだ。挿れる側から挿れられる側に移るくらい、些末な問題だろう。
「や、やべろ!」
「やめろ? この期に及んでまだそんな口をきけるんですね。心配しないでください。そこの労働者はみんな性病には慣れているみたいですからね。貴様の汚い身体でも、受け入れてもらえるだろうさ」
「ひ、ひぃぃぃぃ」
いや、今どきほんとにそんな情けない声出すやついる?
やばい。マジでこんなやつに大事なもの奪われたとか、恥ずかしすぎる。
羞恥心に耐えるためにも、しばらくの間、豚をボコボコにした。
気づいたときには黒服の屈強そうな男たち、豚の処分をしてくれる人たちが数人、廃墟の入り口にいたので引き渡した。
後日、豚から搾り取った莫大な金が僕らの口座に振り込まれた。
これにて鏡見先生の計画した淡井への仕返しはすべて終了した。
残念ながら淡井には大事にしているものがほとんどなかったので、そういう絶望を味わわせるってことは、できなかった......。
すべてが終わっても僕の心は一切晴れることはなかった。
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