第5話 誤解
自分で言うのもなんだが、俺は女子にモテる方だと思う。
今だって目の前に違うクラスの、一度も喋ったことのない女子が「付き合ってください!」と頭を下げてきている。
俺と桜の仲が学校中で話題になり、そのおかげで告白される回数は少なくなったものの今でも数日に一回くらいのペースで告白される。
「ごめんね。君の気持ちには答えられそうにない」
俺がそう断ると、女子は皆走ってどこかに行ってしまう。
ただ告白をしてきた人を振っただけなのに、なんで俺は女子に全速力で逃げられないといけないのだろうか。
そんな虚無感を心に教室に戻ると、いつもと空気が違った。
静かで、どんよりとした空気。
自分の席に座り何事かと部屋を見渡していると、そのどんよりとした空気の中心にいるのが、桜だということがわかった。
多分、教室にいるみんなは桜に影響されているんだろう。それくらい、桜から発せられるどんよりとした空気は強い。
さっきまで元気だったのに何かあったのかな?
そう心配しているうちに、いつのまにか昼休みになっていた。いつも桜と一緒に屋上でお昼ごはんを食べているのだが、今日は一人だった。
「なぁらいらい。さすがにさくさくのことどうにかしてくれよ」
教室でスマホをかまっていた俺に、ヒデ太郎が無茶なことを言ってきた。
「なんであんな感じになったのかわからないのに、どうにもできないよ」
「え? そうなのか? さっきさくさくの近くに行ったららいらいが何とかこんとか言ってたぞ」
「嘘」
「まじまじ」
そんなこと言われても、俺が桜になにかしたなんて見に覚えがない。
俺が初体験のことを覚えていない……なんて、そんなこと知るはずがないし。
でも、そうだな――
「桜のことをどうにかできるのはここには俺しかいないってことか」
「そうそう。頼んだぞっ!」
ヒデ太郎の声援を背中に、誰も寄り付こうとしない桜の元に向かった。
顔を机に向けていて、その上両腕で顔を囲んでいるので表情が読み取れない。
観察していても仕方ないと思い、話しかけることにした。
「桜。なんかあったのか?」
「…………あった」
小さな声で答えてくれた。
「じゃあ何があったの? 俺ならなんでも相談乗るよ?」
「來也が知らない女の子と一緒にいた」
小声だったがそれは確実に怒りを感じさせる声だった。
慌てず、焦らず、詳しく話を聞く。
「それっていつのこと?」
「さっき。体育館の裏」
それは、俺が女の子に告白されていたときのことじゃないか。
あの子のことは振ったはずなのに……。
あの様子を盗み見て、まさか俺が二股をしているとでも思っているのかな?
「あぁ〜。まぁ桜の言う通り体育館の裏で知らない女の子に告白を受けてけど、丁重にお断りさせてもらったよ?」
「うん。それは知ってる」
俺の言葉をまるで予想していたかのように、すんなり首を縦に振ってきた。
「すぐ愛人をつくるなんて思ってなかったよ……」
「ん?」
桜は顔をあげ、少し赤みがかった顔を向けながら突拍子もないことを言ってきた。
「らいらい! お前、また俺より先に大人の階段を登りやがって……。でもそれは間違った登り方だぞ!」
ヒデ太郎は俺の反応を見て今桜が言ったことがただの勘違いだと気づいたのか、わかりやすく棒読みで漫画出でてくるいい友人が言いそうなことを叫んできた。
とりあえずあいつのことは無視する。
しゃがんで俺のことを信用しきれていない桜の目線に合わせる。
「桜。俺は愛人なんてつくってないよ」
「嘘だ。だって、告白を断られてた女の子泣いてたもん」
どうやったらそこから愛人をつくる流れになるのかわからないが、俺ができることは真実を喋ることだ。
「あれは多分、俺が告白を断ったからだと思うよ」
「本当に?」
「あぁ。告白をして断られて悲しかったんだと思う。……桜もそういう経験ない?」
「來也に全然私の気持ちに気づいてもらえないで泣いてた時はいっぱいあるけど……」
「……申し開きもございません」
「えっ? 私今なんて言った?」
桜の赤みがかった顔が更に赤くなった。
「大丈夫。俺は何も聞いてないから」
「本当だね……?」
「あぁ」
「愛人もつくってないんだよね?」
「あぁ。逆に聞くけど俺には桜がいるのになんで愛人なんてつくらないといけないの?」
「っ。そ、そうだよね。えへへ……。疑ってごめん」
桜は恥ずかしがっているのか、目を見ようとしなかったが足をもじもじさせながら謝ってきた。
「いいよ。誤解だったし」
「あ、ありがとっ! 大好きっ!」
どんよりとした空気を一切感じさせない、真っ赤な顔をした桜はそんなことを言い捨て、目にもとまらぬ速さで教室から出て行ってしまった。
教室に残された俺に、事の顛末を最初から最後まで見ていた教室に居合わせた同級生たちから「いいものを見させて頂きました」と言わんばかり視線が注がれる。
「い、今のはみんな見なかったことに……」
俺の言葉が同級生に届くはずもなく、この誤解から始まった一件がクラス中に広まるまでそう時間はかからなかった。
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