怪物クリエイター

アシッドジャム

怪物クリエイター【読み切り】

 彼女の名前は朝比奈ヒナ。彼女はクラスでも人気があり成績もトップクラスで友達も多い。学校でもマドンナ的な存在だといえる。彼女のことを好きな男子は多い。たしかに頭もいいし顔もいいし性格もいいし話も面白いし、およそ欠点と言えそうなところが見当たらない。資産家のお嬢様なのにそれを鼻にかけるところもない。こんな人がいるのかとすら思った。


 しかし僕は捻くれているのか、どうにも腑に落ちない。


 あまりにも完璧すぎる。完璧すぎるものの実体を信じられないのかもしれない。あるいは眩しすぎて実体がよく見えないのかもしれない。だからどうするということもない。僕はクラスでは地味でもないが目立っているわけでもない。ただのモブでしかない。悪目立ちすることもなくエネルギーを極力消耗しないように過ごしていたいだけだった。本当なら学校にも行かないで部屋でゴロゴロしていたい。さすがにそれは許してもらえない。だからなるべく面倒ごとには巻き込まれないように中学生活を送ることが現在進行形の目標だ。だから何を見たとしてもやり過ごすべきだ。部活にも入る気はない。「でも部活に所属しなければいけないのは校則で決まってますよ?」朝比奈ヒナは机に寄りかかりながら不思議そうな顔をしている。

「なんでそんな校則があるんだよ。全く意味がわからない」俺は校庭で動き回るサッカーボールを目で追いかけながら言った。

「それは私もおかしいとは思いますけど、でも部活に入った方が絶対面白いですよ!」

「面白いことをするにはエネルギーがいるんだよ」サッカーボールが高く上がった。

「月影くんは絵が上手いんですよね?ぜひその才能を伸ばすべきです!」潤んだ朝比奈ヒナの目が近づいてくる。

「絵なんてもうずいぶん描いてないし」

「そんなのはすぐに取り戻せます!一緒に漫画部に入りましょう!」朝比奈ヒナの勧誘ぶりに負けそうだった。適当に言い訳をでっち上げて逃げ出した。あんな太陽みたいな奴のそばにいたら焼き尽くされてしまう。俺の平穏な学園生活が壊される。朝比奈は上級生からも注目の的だ。なかなかヤンチャそうな先輩方からも気に入られている。俺みたいなモブが仲良くしてたらそういった輩から何をされるのかわからない。俺は静かに過ごしたいだけなんだ。世界とは一定の適切な距離をとっていたいんだ。やれやれだよ。

 


 夜になっていた。窓から大きな満月が見える。いつの間にか眠っていた。親は仕事で今日も遅い。今日は何を食べようか。冷蔵庫にはたいしたものは入っていない。コンビニか弁当屋くらいしか選択肢はない。昨日は弁当屋だったから今日はコンビニかな。コンビニには客がいなかった。店員もいない。弁当を吟味していると後ろから声をかけられた。

「おう!いらっしゃい!」見ると幼馴染のアキ兄だった。アキ兄は高校に入ってからこのコンビニでバイトを始めた。

「お前またコンビニ弁当かよ!そんなんじゃあ、でかくなれねぇぞ!」

「大きなお世話だよ」

「飯を作ってくれる彼女でも作れよな!」

「アキ兄は高校で彼女できたのか?」

「俺はこれからだ!これを見よ!」そう言ってアキ兄はスマホの画面を見せた。そこには高校の制服を着た綺麗な女の人が写っていた。

「同じクラスの子でさ!今はこの子を狙ってんだよ!可愛いだろ!」

「はいはい。がんばってね〜」

相変わらずテンション高いな。俺は新作のアフガニスタン弁当を買った。

「たまにはまともなもん食えよ」

「コンビニの店員がそんなこと言っちゃダメだろ」

「俺はいいんだよ!」どういうことだよ。



 家からコンビニまでは歩いて5分もかからない。今夜はなかなか気持ちの良い夜だった。過ごしやすい気候だ。遠回りをして散歩をしたら気持ちがいいだろうとは思うが実際にはしない。などと考えていると家の前に誰かがいる。よく見ると朝比奈だった。咄嗟に隠れた。なんで俺の家に?部活の勧誘のため?いやいや、わざわざこんな時間に家まで来るか?月明かりに照らされる顔は別人にも見える。本当にあれは朝比奈か?俺の中の面倒臭いレーダーがアラートしている。関わらない方がいい。家の電気は消してある。留守だということはわかるはずだ。諦めて帰るのを待った方がいいだろう。「はぁぁぁ」と大きな溜息が聞えた。


「クソが!」

「!!!???」


門扉を蹴り上げながら朝比奈の怒声がした。獣のような声がした。周りを見回しても誰もいない。朝比奈の声なのか?とんでもないものを見てしまった。緊張で呼吸が荒くなっていく。朝比奈は月光を浴びるように上を向いた。ここから離脱するべきだと頭ではわかっているのに動けなかった。


朝比奈は上を向きながら手を顔に乗せた。

手首を少し捻ってジャムの瓶の蓋を開けるように自分の顔面を取り外した。

取り外した?

何なんだあれは?


吐きそうだ。

自分の荒い呼吸や心臓の音が朝比奈に聞こえないか不安だった。

顔面が取られた後の顔には何もなかった。

真っ暗な穴があるだけだった。

その穴から何かが出てきた。

手のように見える。

いや、人間の手には見えない。

何かが朝比奈の顔面にできた穴から這い出るようにして出てきた。

そいつは赤い鱗のようなものに覆われていた。

穴から這い出したそれは変な咳をしてからこちらにゆっくりと歩き出した。

俺は見つからないように体を丸めたいのにできなかった。

体が固まって動かなかった。

弁当を落としてしまった。

その音でそれはこちらを見た。

頭と心臓が爆発しそうだった。

「なんで?」と声が漏れる。

それは落ちた弁当を見ていた。

弁当の匂いを嗅いでいるみたいだった。


俺のことは見えていないのか?


 

 道の向こうから声がした。怪物は赤い鱗のようなものを逆立ててその声のする方へ向かった。向かった先にいたのはアキ兄だった。バイトからの帰りで誰かと携帯電話で話している。怪物が目の前に迫っているのに全く気がついていない。アキ兄に知らせたいのに声が出ない。アキ兄は目の前に怪物が迫ってきているのに全く見えていないみたいに電話で馬鹿笑いをしている。その大きく開けたアキ兄の口の中に怪物がダイブした。あっという間に怪物がアキ兄の口の中に吸い込まれていった。アキ兄は何事もなかったように歩いてくる。



「あれ?おまえこんなところで何やってんだよ?」アキ兄がこちらに気がついて話しかけてきたがうまく応えられない。「どうしたんだ?顔色悪いけど大丈夫か?」



家の前にいた朝比奈はもういなくなっていた。

アキ兄は「早く帰れよ!」と言って歩いていった。



家に帰ってテーブルの上に置いたグチャグチャになった弁当を見ながら今見たことについて考えていたが何が何だかわからない。アキ兄は大丈夫なのか?朝比奈は一体何なんだ?あの怪物は......。



そうだ!あれは見覚えがある!



 俺は急いで自分の部屋に行き押し入れから段ボール箱を出した。その中にはノートが大量に入っている。ノートには子供の頃の絵が描かれている。急いでページをめくってそれを見つける。そうだ。あの怪物は俺が描いた絵にそっくりだった。昔ヒーローではなく怪物の絵ばかり描いていたことがある。なんで俺が描いた怪物が朝比奈の顔面の穴から出てきたんだ?そいつはなんでアキ兄の口の中に入っていったんだ?アキ兄には怪物が見えていなかったようにも見えたけれど…….。この全てが俺にしか見えていない可能性だってある。


                          俺は狂っちまったのか?

 


 朝になった。ちゃんと眠れていない。目が疲れている。現実感が薄い。学校や親に体調が悪いと言って学校を休んだ。グチャグチャになったアフガニスタン弁当をレンジで温めて食べた。パクチーとラム肉をスパイシーな味付けをして炒めたものは昨日あんなことがあった次の朝に食べるのには非常識ほど美味かった。食べると少し元気が出てきた。昼まで漫画を読みながらゴロゴロして現実逃避を実行したがうまく集中できなかった。大して動いていないのにまた腹が減ってきた。またコンビニで今度はエジプト弁当を買ってみてもいいかもと思い外に出た。

 




 コンビニに行く途中でアキ兄を見かけた。思わず隠れてしまった。学校を休んでいる後ろめたさがあるだけじゃない。昨日見たことが頭の中にあるからだ。どう顔を合わせていいのかわからない。でもアキ兄は本当に大丈夫なんだろうか?見た感じでは普通に見える。アキ兄も今日は学校じゃないのか?制服は着ているので早退したのかな?思わず後をつけていた。



 かみのもり公園に入っていく。昔よく遊んだ公園だった。大きな森があってよく探検した。アキ兄は森の中へ入っていった。何をやってるんだ?何でこんなところに?このまま引き返すべきだ。コンビニでエジプト弁当を買って家でアニメでも観ながら食べるべきだ。面倒なことになる。なるに決まってる。なのに体が勝手に尾行を続けている。

 



 森の奥に着くとアキ兄は鞄を置いた。手で土をものすごい勢いで掘り始めた。何やってるんだ?あっという間に穴は掘られた。アキ兄は自分の鞄を開けた。中のものを手で掴んで持ち上げた。



女の人の頭部だった。

アキ兄の顔が昨日の怪物になっている。

手に持つ女の人の顔に見覚えがあった。

昨日アキ兄が見せてくれた写真の女の人だった。

吐きそうになり叫び出しそうになった。

こちらが悲鳴をあげるより先に悲鳴が聞こえた。


小学生くらいの女の子だった。


アキ兄だった怪物がそちらを見て赤い鱗をバタバタさせて口から涎を垂らしている。やばい。どうする。助けなきゃ。でも俺にそんなことできるのか?足が震えている。全く動きそうにない。女の子は腰が抜けて動けないようだった。アキ兄がすごい速さで女の子の方へ向かった。



爆発音!!!!!



アキ兄がいない。女の子がいた場所には誰かが立っている。赤いぴちぴちの服を着た大きな男のようだった。誰だ?何が起きたんだ?女の子とアキ兄はどこに行った?アキ兄が森の奥から出てきた。右手が無くなっていた。緑色のドロドロしたものが傷口から出ている。アキ兄だった怪物は男に向かっていこうとした時に男がすごい勢いで飛んで怪物の頭を蹴り上げた。怪物の頭が吹っ飛んでいった。吹っ飛んだ怪物の頭はアキ兄に戻っていた。大男は少しづつ縮んでいきさっきの女の子に戻っていた。女の子は訳がわからないという顔をしてから泣き出して走っていった。

 


               俺も逃げないと。


 ヨタヨタとそこから離れた。そのまま家に帰った。悪い夢だってもう少しマシな内容なんじゃないか。アキ兄は俺の描いた怪物になっていた。俺にはそう見えた。鞄から出した女の人の頭部とアキ兄の地面に転がっていく頭部が脳裏から離れない。あの筋肉モリモリの赤い服を着た大男は何なんだ?小学生の女の子が大男に変身したってことだよな。アキ兄みたいにあの女の子の中にあの大男が入っているのか?



 ノートを片っ端なら見ていった。でもあんな大男の絵なんてどこにもない。ああもう帰りたい。もう帰っているけど誰もこない場所に帰りたい。逃げるべきじゃないか?ここにいればまた朝比奈がくるかもしれない。


インターフォンが鳴った。

心臓が止まりそうになった。

恐る恐る画面を見ると岡田英治だった。小学校から一緒の友達だ。安心して扉を開ける。鳥肌が立った。後ろに朝比奈ヒナがいた。



「朝比奈さん遠慮しないで入ってよ!」と英治がこちらが何も言っていないのに家の中へ入ってくる。「お邪魔します」と朝比奈も後ろからついてくる。俺は玄関先で固まっていた。「どうぞどうぞ」と言いながら英治が二階の俺の部屋へ向かう。



 二階から英治の声がする。

「おーい!お茶かジュースくらい出せよ」

「いえいえ、お構いなく!月影くん病気なんだし」

「あんなの仮病に決まってんじゃん」俺はそんな声を聞きながらようやく体が動き出した。コップにジュースを入れながら「どうするどうするどうする」という言葉だけがぐるぐると回って何も打開策は思いつかない。

 


 部屋に行くと俺の部屋に散乱するノートを二人は見ていた。

「これって航が小学生の時に描いたやつだよな?そういえばおまえ怪獣とか怪物とかばっかり描いてたの思い出したわ!」と英治がノートを捲りながら言う。

「もう勝手に見ちゃ悪いですよ」そう言いながら朝比奈も英治が見ているノートを横から覗いている。俺は何も言えないで部屋の隅に座った。

「学校のプリント渡しにきたのです。ここに置いておきますね。本当に体調は大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」そう言いながら朝比奈がこちらに近づいてくるので思わずのけぞって短い悲鳴をあげてベッドに潜り込んでしまった。

小さいころに戻った気分だ。



「おい?おまえ大丈夫か?どうしたんだよ?」と英治が言う。

「ご、ごめん。風邪うつると悪いからさ」

「なんだよ?本当に風邪だったのか?.........ほんじゃ朝比奈さんもう帰ろうか?」

「そうですね。風邪が悪化しては大変ですし。でも何か作りましょうか?お粥とか....」

「いや!大丈夫大丈夫!」

そう言うと二人は立ち上がって帰ろうとした。いや待てよ。英治と朝比奈を一緒に帰して大丈夫なのか?また朝比奈から怪物が出てくるかもしれないしそいつが英治の中に入ってしまうかもしれないじゃないか。

「ごめん英治!英治には話があったんだ。二人だけで」

「なんだよ話って?まぁいいや。朝比奈さん送ったら戻ってきてやるよ」そう言って部屋を出ようとしているので「いやそれじゃちょっとまずいんだ」

「はぁ?なんでだよ?」

「いいですよ!まだ暗くもなってませんし、それほど遠くもありませんから一人で帰れます」そう言って朝比奈は一人で帰っていった。

「で?」

「ん?」

「話があるんだろ?」

「ああ」



 どうするべきか?話していいものか。そもそも信じるとも思えない。でもこれ以上一人で溜め込んでいることができない。誰かに話して少しでも楽になりたい。その気持ちが強かった。俺は英治に昨日からのことを話した。ジュースを勝手におかわりして英治は黙って俺の話を聞いていた。



 「それはなんの話なんだ?おまえが考えた漫画のストーリーかなんかか?また漫画描いてるのか?昔描いたノートとか引っ張り出して」

「信じられないよな」

「これか?その赤い鱗の怪物って?」英治はノートの赤い鱗の怪物を指差した。

「そうだ」ノートの怪物を見るとアキ兄の頭が転がっている光景が浮かび上がり吐いてしまった。「おい!大丈夫か?」


「ごめん」


吐いたものを拭きながら涙が出てきた。落ち着いたところで英治が言った。

「まぁ何かあったってのは本当みたいだな。でもおまえが描いたこのタイジルマミオとかいうふざけた名前の怪物が朝比奈さんの顔から出てって言われてもなぁ」

「名前は適当につけたんだよ。いっぱい怪物描いたからどんどん適当になっていったな」どうしてそんな名前にしたのかもう覚えていない。

「鱗をパタパタさせたり人間の頭蓋骨を集めてるとか、おまえが考えた設定も反映されてるわけだ」と英治が言う。そういえば怪物ごとに色々設定も考えてたな。

「アキ兄はもう死んじゃったってことなんだよな?」ため息混じりに英治が言う。英治もアキ兄のことを知っている。昔よく一緒に遊んでたから。

「それなら俺はアキ兄の家に行ってみるよ。アキ兄がいればおまえが見たものが間違ってるってことだからな」そう言って英治は出ていった。

俺は疲れ切ってそのまま眠っていた。

 


 インターフォンが鳴る音で目が覚めた。もう夕方だった。インターフォンの画面には英治が映っている。ドアを開けると英治が何も言わずに入ってきて二階へ上がった。俺も後について行った。頭が痛い。本当に風邪を引いたかもしれない。


 「かみのもり公園は警察が封鎖してて入れなかった。何があったのかきいても教えてくれなかったよ」英治はこちらを見ずに言った。随分疲れているように見える。

「これっておまえが言ってた奴じゃないか?」英治はそう言いながら紙をこちらに渡した。見ると赤いぴちぴちの服を着たマッチョの大男の絵が描いてあった。

「これは朝比奈さんが描いたものらしいよ。昨日おまえの絵を見て昔描いた絵を学校に持ってきたんだとさ。これってどう言うことだ。何なんだよ。何が起こってるんだよ」そう言って英治はベッドに倒れ込んだ。

俺が聞きたいくらいだ。



 「朝比奈さんは漫画が描きたいらしいな。でも絵もストーリーもまだまだだからそういうのができる人を探してるらしいな。おまえも誘ったけどまだ返事もらってないって悲しそうにしてたぞ」そんなの知らねぇよ。それどころじゃないんだよ。英治もこれ以上関わるべきじゃない。見なかったことにすれば良い。いくら考えても無駄なんだよ。目を閉じたままやり過ごすのが賢いやり方だろ。自分の事を棚に上げて無責任に思う。でもどうすればいい?俺が話さなくても知らぬ間に英治だって巻き込まれたかもしれないんだ。もう無関係でいる方法が全く見えなかった。

 


 特にお互い話さずにいた。英治も何か言いたそうだったが結局黙ったままだった。しばらくしてから英治は立ち上がった。


「まぁ程よい塩梅で学校来いよ」そう言って帰っていった。

塩辛過ぎて程よくはならなそうだった。


テレビで公園の事件についてやっていないか探したがどのニュースでもやっていなかった。英治が言っていたように警察が公園を封鎖していたなら事件にはなっているだろうけれどマスコミにはまだ公表されていないのかもしれない。



 ネットで検索をかけたが「なんか事件があったのか?」というコメントと公園が封鎖されている様子を遠くから撮影した写真が載っているくらいだった。検索で「かみのもり公園 怪物」だとか「かみのもり公園 少女 事件」などと検索しても目ぼしいものは見当たらない。アキ兄の名前や通っていた高校の名前でも検索してみるとアキ兄のSNSが出てきた。最後の投稿は一昨日だ。「今日はバイトだ!」というコメントとコンビニのおにぎりの写真が載っていた。あの夜だ。過去の投稿を見ていくとアキ兄と何人かの男女が一緒に写る写真があった。その中にいる女の人はあの首だけになった人だった。ネットを閉じて目を閉じた。

 


                              また眠っていた。




 喉の渇きや空腹で目が覚めた。腹が鳴る。こんな時でも喉は乾くし腹は減るなんてな。人間というのはなんとも不便な生き物だよ。パーカーのフードをかぶって外に出た。外はもう暗い。自販機の光がやけに眩しい。炭酸が飲みたい。自販機で炭酸ジュースを買うとスロットが回って当たりが出た。もう一本もらえる。何にしようか迷っていると横から手が出てきて押された。ブラックの缶コーヒーだ。見るとそこにはスーツを着た女の人が立っていた。


「少年、おねえさんに奢ってくれよ」そう言って女の人は自販機から炭酸ジュースを取り出して飲み始めた。

「ちょっとそれ俺のなんですけど!」

「あぁ美味しい。やっぱり疲れた時はこれね」女の人は腰に手をあてて炭酸ジュースを飲む。なんだ?この人は?関わらない方がいい。その場を離れようとする。

「少年!冗談に決まってるだろ」女の人は自販機で同じ炭酸ジュースを買って投げてきた。ギリギリキャッチした。

「なんか不満かい?もしかしておねえさんの飲みかけの方がよかったかい?」そう言いながらペットボトルの先を舌で舐め回している。こいつは本当にやばいやつに違いない。ヘンタイさんだきっと。早くここから離れよう。「それじゃあ」と言って行こうとするとまた呼び止められた。

「月影航くん」と名前を呼ばれてドキッとした。なんで名前を知ってるんだ?



「月影航くん、おねえさんとデートしないかい?」



 なんでこうなった?テーブルの上にはいろいろな部位の肉が並んでいた。真ん中に置かれた七輪にトングを使って置いていく。

「食べ盛りなんだから遠慮せずに食べなさい」と言って女の人はタン塩を頬張った。

「最上のディープキスだよ」とか言っている。

「おねえさんは一体何者なんですか?なんで俺の名前知ってるんですか?何が目的なんですか?」

「質問攻めとはいやらしい。まぁいいわ。私はICPOの銭形よ」

「銭形はおっさんですよ」

「中学生でも知ってるのね。本当はこれよ」そう言っておねえさんが見せたのは黒い手帳だった。そこにはおねえさんの写真とその横にFBIと青い文字で印字されていた。「SPECIAL AGENT」と書かれた横に「Yuko Kudo」と書かれている。FBI?インターポールと同じくらい現実感がない。本物か?

「ちょっと」

「え?」内腿に何かが触れた。おねえさんの赤いマニキュアを塗った足が股の間にあった。

「早く肉を焼いてちょうだい」そう言っておねえさんはビールをおかわりした。

「おねえさん仕事中じゃないんですか?」ハラミを乗せる。

「焼肉に来て大人がビールを飲まないのは犯罪なのよ。 それより私のことはモルダー捜査官と呼びなさい」

「どちらかといえばスカリーでしょ」

「ならクラリスでもいいわよ」もう突っ込むのが面倒くさくなってきたので無視した。普通にクドウさんと呼ぶことにした。それから特に話すこともなく食べ続けた。デザートにクドウさんは杏仁ソフトクリームまで平らげて焼肉屋を出た。そのままクドウさんが泊まっているホテルに連れて行かれた。



「焼肉の臭いがついていて気持ち悪いからちょっとシャワー浴びてくるね。一緒に入るかい?」と言われてこちらが絶句していると「ジョークよ。でも入りたくなったらご遠慮なく〜」と言ってバスルームに消えた。なんなんだあの人は。本当にFBIかよ。本当に入っていいのかよ!

 


 落ち着かない状態で待っているとクドウさんが出てきた。「それじゃあ本題に入りましょう」バスローブ姿でシャンプーのいい匂いをさせながら言われても話に集中できるか不安だったが。

 


 クドウさんはほぼこちらの状況を把握していた。どうしてわかったのかは教えてくれなかった。何が起こってるのかということは完全にはわかっていないが、ある程度のところまでは掴めているらしい。何故FBIが日本に来ているのかといえばアメリカでも同様の事件が起きているからだそうだ。アメリカでも同じってどういうことだ?

向こうでも俺と同じ年齢の子が描いた絵が実体化したという。そう言った子供をクリエイターと呼んでいる。つまり俺もそのクリエイターということになる。それなら朝比奈ヒナもクリエイターなのか?

「それは違うわね。クリエイターは一つのゲーム領域に一人のはずよ。あの娘はハブね」

「ハブ?ハブってなんですか?」

「ハブはクリエイターが作った絵を現実化する装置みたいなものね」

「それってつまり」

「そう、朝比奈ヒナはあなたが作ったってことになる」

「いや、そんなわけないでしょ?」背中から冷たい汗が流れる。「朝比奈が描いた絵の男が現実化してるんですよ?それはどういうことになるんですか?」

「んー、そうか。それはどうしてかはわかんないわ」クドウさんは冷蔵庫からビールを出して飲み出した。まだ飲むのかよ。

「だから朝比奈もクリエイターってことにならないですか?」

「きみはその娘のあんな場面を見て本当にそう思うのかい?」朝比奈の顔が外れた空洞から怪物が出てくるところが脳裏を過った。たしかにあれは人間とは思えない。

「それでも俺は朝比奈のことを描いた覚えはないですよ」

「ハブに関しては描いた絵とかじゃないのよ。まぁそこんところに関してはもう少し調べていかないとね」

「そもそも誰がこんなことしてるんですか?」

「まぁ人間ではないっていうことはわかるでしょ。これはね、私の考えではゲームみたいなものなのよ。誰かがゲームをして遊んでるの。現実のこの世界にフィールドを作ってプレイヤーがアバターを人間に憑依させてバトルさせてるのよ」

「ゲームって、そんなことしてなんの意味が?」

「意味?意味なんてないのよ。とにかく私はそのプレイヤーやゲームマスターたちを殺すこと」そう言いながらクドウさんは鞄から拳銃を出してこちらへ向けた。

「バン」

 


 もう逃げ出すことはできないようだった。クリエイターはゲームフィールドから出ない限り死ぬことはないらしい。逆にいえばその領域から出たら死ぬということだ。


今何をしているのか。

漫画を描いている。


俺は漫画部に入部して朝比奈と漫画を描いている。ゲームプレイヤーやゲームマスターたちを倒すことができるアバターたちを描いている。そして何がどうなってそうなったのかわからないが、俺と朝比奈が描いた漫画が雑誌での連載を行うことになった。タイトルは『怪物クリエイター』    

 

                                   終

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪物クリエイター アシッドジャム @acidjam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ