今日は彼女の誕生日
霞(@tera1012)
今日は彼女の誕生日
私はため息をついた。なぜなら、目の前に転がっているのは、確かに夫の死体だったからだ。
勘弁してほしい。無人であるはずの自宅に鍵を開けて入り、振り向いてドアに内鍵をかけようとしたところで、背後から「パアン」と破裂音が響けば、反射的に音の発生源に
確かに、今日は夫の知る私の、誕生日とされる日だった。だからといって、誰が30過ぎのおじさんが、仕事を早退してこっそりと自宅に潜み、同じく30過ぎのおばさん妻にサプライズを仕掛けるなどと思うだろう。
うつ伏せに倒れた夫の傍らで、だらりと細い紙テープを吐き出しているクラッカーを眺め、私は絶望的な気分になる。
*
俺は胸の内でため息をついた。
マジか。マジで、俺の嫁、
背後でクラッカーを鳴らした人影を、間髪入れずよく分からん力で殴り倒した嫁は、そのままピクリとも動かない彼女の夫だったはずの人間の死体を、ただ見下ろしている。少なくとも、俺の見る限りでは動揺した様子はない。
ワンチャン、嫁の放った力は気のせいで、いま彼女は、あまりの事態に茫然自失している、と言う可能性も考えた。でも、その淡い期待は、次の瞬間に潰えた。
嫁の輪郭が、徐々にぶれ始める。その身体は、手の先からゆっくりと形を変え、瞬く間に、にゅるにゅるとした触手を無数に生やした、いかにもな異星人の姿になる。
(えええ……。グロ。せめて、もうちょっとかわいい見た目してくれてたら、ワンチャン、見逃してあげても良かったんだけど……)
空中に浮いた俺は、にゅるにゅると動き出そうとする嫁だった物に、狙いを定めて大鎌を振りおろす。
*
ひゅん、と空を切る音がして、ぐさりと頭部に何かが刺さった。
私はもう一度、ため息をついた。
面倒くさい。もう、この世界に用はない。さっさとずらかりたいのに。
ゆっくりと見上げると、私の乗り物の頭に当たる部分に、バカでかい三日月形の刃物が深々と刺さっているのが見える。そして、その柄をたどっていくと、そこには黒いフードをかぶった、いわゆるガイコツさんがいた。
ガイコツさんはひどくまじめくさった顔で、刃物の刺さった私の頭を凝視している。ガイコツなのに、なぜか表情が分かるのが面白いな、と、私は場違いなことを考える。
今日、夫が仕事を早退したことは、もちろん把握していた。私は夫の行動を、委細漏らさず全て把握している。
自宅で待ち構えているだろうから、精一杯驚いたふりをしてあげよう。そう、心に決めていたのに。
玄関での破裂音は不意打ちだった。
私は、夫に憑りつき操っていたこの存在――おそらく、悪霊、とかそんな名前で呼ばれるものだろう――を、全く感知できていなかった。
一生の不覚である。工作員の名がすたる。
夫だったあの体はいつから、死んでいたのだろう。もしかしたら、出会いの初めからだろうか。
私は徒労感に唇を噛む。
でも、もしかしたら。
そこで私は思い当たる。
当初の予定よりも、素晴らしい収穫なんじゃないだろうか。今、私の頭上でまぬけ
私は、私の乗り物に絡め取られて全く刃物を動かせないでいるらしい黒いフードのガイコツさんの後ろにまわり、そっと手を伸ばす。
*
そいつがにゅるにゅるしたいかにも異星人の中に透けて見えた時、俺はもう一度胸の内でため息をついた。
むっちゃかわいい。
見た目はいわゆる妖精だ。女の子の姿をして、背中に半透明な羽根が生えている。割と幼い、あどけない顔立ちの下、しっかりと出るところはでてくびれるところはくびれた、完璧に近い体がある。
そいつは、俺の幻術のガイコツに向かってパタパタと羽ばたいていく。
それにしてもハロウィンが近いからって、ちょっと悪趣味な
おれはそうっと、羽ばたくその羽根を両手で挟んだ。
*
私はもう一度、ため息をついた。
本当に夫だった存在は、筋金入りのロリコンだ。そしてそれが周囲にばれていないと思っている。
彼が夢中で、羽ばたく幼女のお人形に差し伸べている腕を、後ろから静かに取り、捩じりあげる。
「残念でした。私の勝ちね」
背後をとられたまま、身動きひとつしない彼に、私は声をかけた。
今日は彼女の誕生日 霞(@tera1012) @tera1012
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます