アイ〜AI描画アプリ

黄舞@9/5新作発売

第1話

「ねぇ。知ってた? 今時は自動で好きな絵を描いてくれるんだって!」

 昼休み。

 中学からの同級生、永原ながはらあいがそう言いながら近寄ってきた。

 手にはいつも通りの甘ったるそうな菓子パンが二つ。

 定位置の私の机の向かいに、背もたれを肘掛け代わりにして座る。


「ああ。今話題のAIのやつね。知ってる」

 視線を愛からカバンに戻し、お弁当を取り出す。

 蓋を開けると、私の好きな甘い卵焼きとタコさんウインナーが入ってた。


あいのお弁当、いっつも美味しそうだよねぇ。いいなぁ……」

「私は好きな物買って食べられる愛のが羨ましいけどね。うちは高校生にもなってお菓子すら自由に買えないからねー」

 隣の芝生は青いということかもしれないけれど。

 自分的には過干渉だと思ってしまう両親と比べると、放任主義の愛の家の方が楽そうだと感じてしまう。

 両親ともに仕事が不規則で、平日はほとんど顔を合わすことがないって聞いたから、それはそれで大変なのは分かってはいるけれど。


「えー。早起きしてお弁当作ってくれるなんて、めっちゃいい親じゃん! あ! それでさ。そのエーアイ? のやつ! 藍はやらないの?」

「なんで?」

「なんでって。藍も絵描いてんじゃん。元々上手い藍が自動で絵を描かせたら、こう、鬼になんとかじゃない?」

 愛は口にパンを頬張りながら、両腕で変な動きをする。


「鬼に金棒ね……うーん。私は興味ないかなぁ。自分で書くのが楽しくて書いてるんだし」

「なるほどねぇ。私はやってみたいなぁ。それで私も神絵師? っていうのになっちゃりして!」

 そう言いながらどや顔を作る愛に、私は思わず吹き出してしまった。

 だって、そんな顔しながら、口だけは一生懸命動いているから。


「ふふっ。楽しみにしてる。でも、結構大変そうだよ?」

「大丈夫! 実はもうアプリは入れてるのよね。これ使って、書きたい文章とか単語とか書けば、勝手に絵が出来るみたい」

「お? もう準備も、使い方も調べてるなんて、愛のくせにやるな?」

 愛はやる気はあるけど気持ちが先に出過ぎて、あまり下調べとかしない性格なのは良く知ってる。

 事前に確認しているなんて、正直驚きだった。


「ちょっと。私をなんだと思ってるの?」

「愛」

「間違いない。せっかくだから今ちょっとやってみるか。えーと……【可愛い女の子】っと……え!? なにこれ!? きもっ!?」

 スマホを見ていた愛が突然画面に向かって叫んだ。


「なになに? きもいって、どんなのが出来たの?」

「見てよこれ!」

「うわー。なにこれ。気持ち悪いね」

 愛が見せてきた画面には、かろうじて女の子だと分かる、ひしゃげた顔の人物の上半身が映し出されていた。


「ちゃんと言葉を書かないと人は難しいってネットに書いてあったけど、ほんとだねー」

「そうなの? ちょっと、藍。知ってるんなら、先に言ってよー。トラウマもんじゃん」

「私もちゃんと調べたわけじゃないし。それに愛も調べたんじゃないの?」

「そんなこと、私がするわけあると思う?」

「ないね」

「でしょ?」

 何故か自信満々の愛。

 さっきの私の驚きを返せ。


「あ。もう休み時間の終わりじゃん。ま、いいや。どうせ暇だし、もう少しやってみる。じゃーねー」

「午後の授業というのは、暇な時間じゃないんだけどね……」

 席に戻って行った愛は、さっそくスマホをいじり始めていた。

 先生が来てもお構いなし。

 机の下の画面を見つめながら、難しい顔をしたり、しかめたり。

 たまに良いのが出来たのか、嬉しそうな顔をしたりと忙しそうだった。


「なんか、ハマったかも。これとかダークな感じでカッコよくない?」

 放課後。

 帰る方向が一緒な私たちは、いつも通りに同じバスに乗り、隣同士に座った。

 愛はスマホの画面を私に見せながら、楽しそうな声を出す。

 画面にはどこか分からないけれど、夜の街の路地裏のような絵が映し出されている。


「無機物はかなり良い感じに描けるんだね」

 私は正直な感想を愛に伝える。

 昼に見せてもらった人物像に比べて、今見せてもらっている絵はクオリティが段違いだった。


「無機物?」

「建物とか、簡単にいうと生き物以外って感じかな」

「あー。なるほど。確かに。他にもあるけど、そんな感じかも」

 そう言いながら愛は他の絵も見せてくれた。

 興味がないと言ったものの、こうやって実際に見ると意外と楽しい。

 何枚か見ている間に、私はあることに気が付いて、思わず口に出す。


「ねぇ。最初に見せてくれた絵とか、同じような暗い感じの絵を描いた時って、女性を一緒に描いたの?」

「女性? なんで? 描いてないけど」

「なんか、小っちゃくて分からないけど、これって女性じゃない? これがドレスで、ここがつば広の帽子を被った頭」

「うーん。言われてみればそう見えなくもないかな?」

「これってさっきの絵にも居た気がするんだよね。他のやつにも」

「えー。何それ。怖い」

 口では怖いと言いながら、面白そうに愛はこれまで見せてくれた絵を逆再生していく。


「え? 嘘でしょ?」

「やっぱりいるよね? 大きさとか体の向きとかが毎回ちょっと違うけど」

 一番最初に見せてくれた絵をもう一度しっかり見ると、暗がりのせいなのか、それともそういう色なのか、黒のゆったりとしたワンピースとストローハットを身に付けた女性だとはっきり分かる人物が一人だけ、描かれていた。

 この絵の女性が一番大きく描かれており、最後に見た絵が一番小さかった。


「やば。なにこれ。おもしろっ! ねぇ。なんかこれってさ。どんどん近付いて来てるみたいじゃない?」

「どういうこと?」

「これって私が描いた順じゃん? んで、これが一番新しい絵なのね? 新しい方から順番に見ていくと、どんどん後ろに下がって行く。ってことは、近付いて来てるってことね?」

「ああ。なるほど」

 遠近法で見ると、大きく描かれている方が近くにいるってことだから、愛の言っていることもあながち間違ってはいないかも。

 そう考えると、ちょっとゾクっとしちゃうけど、当の本人は気持ち悪がるどころか、楽しそうだ。


「これ、顔が真っ黒で見えないけど、もっと近付いたら分かるかな。もっとこういう絵を書いたらどんどん近付いてくるかもしれないし。帰ったらやってみよ」

「でもさ。これって、女性を描くって指定してないんだよね? なんだか気持ち悪くない?」

「え? なんで? 逆に面白いじゃん。あ、着いた。降りなきゃ」

「あ、ほんとだ。すいません! 降りまーす!」

 家の近くのバス停に着いてたのに気付かず、危うく乗り損ねるところだった私たちは、慌てて席を立ち、バスを降りた。


「じゃ、また明日ね!」

「うん。ばいばい」

 バス停からの帰り道は別々なので、愛とはここでお別れ。

 夕日をまぶしく思いながら、家に帰ると、特にいつもと変わらない時間を過ごしていた。


「そろそろ、寝るかなー」

 パジャマ姿でベッドに横になると、部屋の明かりを消す。

 時刻は夜の十二時過ぎ。

 ちょっと夜更かししてしまったけれど、今日はなんだか筆が乗って、良い絵が描けたから満足。

 明日細かいところを修正してSNSに載せようかな、なんて思っていると、突然着信音が鳴った。


「わぁ! びっくりしたぁ……音切るの忘れてたか……てか、こんな時間に誰よ……愛?」

 暗い部屋の中、充電器に置いたままのスマホの画面だけが妙に浮いて見える。

 そこに照らし出されている愛の表示を見て、私は首をひねりながらもスマホを手に取った。

 愛から電話がかかってくることは珍しくはないけれど、こんな遅くにかけてきたことなんて一度もない。

 少し待ってみたけれど、鳴りやまない着信音に、私は仕方なく緑のボタンをタップした。


「もしもし? 愛? こんな時間にどうしたの? 今ちょうど寝ると――」

『藍!? 助けて! 私どうしたらいいの!?』

 内容次第では文句の一つでも言ってやろうと思っていた私の言葉を遮った愛の声は、スマホ越しからでも分かるくらい切羽詰まったものだった。


「ちょっと。何? どうしたの? 助けてっていきなり言われても、意味が分からないよ」

『今日の絵! あの女性が! どんどん近付いてくるの! 止まらないの!!』

「あの女性?」

 そう言いながら、私は今日の出来事を思い出す。

 AIが描いた絵に居た、ワンピースの女性のことだろうか。

 勝手に描かれて、新しく描く度に少しずつ近付いて来ているように見える女性。

 どうやら愛はこんな時間までずっと続けてたみたいだ。


「あのねぇ……どんどん近付いて来たって、ただの絵でしょ? それにそんなに怖いならもう描くの止めたらいいじゃない。あ、そうだ。結局顔は見れ――」

『違うの! 私もう描いてない!! 勝手に絵がアプリから送られてくるの! スマホの電源切っても!!』

「え……? 何言って……ああ。ちょっと。悪い冗談やめてよね。もう、九月だよ? 十分涼しくなったし、私そういうの好きじゃないから」

『本当なの! 信じて!! ああ!! また来た!! ブツッ……プー……プー……プー』

 通話が突然切れた。

 しばらく通話終了と表示されている画面をぼんやりと見つめながら、愛の言っていたことを考える。

 普通に考えれば、悪いいたずら。

 だけど、今までそんなことを愛にされたことがないのが少しだけ気になった。

 通話履歴から一番上にある愛をタップし、スマホを耳に当てる。


『お客様のおかけになった番号は、現在、電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため――プッ』

「うっそでしょー。最悪ー」

 声に出しながら、スマホを座っていたベッドの上に放り投げた。

 どうやら種明かしをしないらしい。

 このまま不安にさせておいて、明日の朝に面白がるつもりだろうか。

 昔からこういう冗談は好きじゃないことを知っているはずなのに。

 嫌な気持ちになりながら、スマホを充電器に戻し、ベッドに今度こそ横になる。

 明日あったら愛にどんな文句を言ってやろうかと考えている間に、気が付いたら深い眠りに落ちていた。

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