13・黒の死神は穏やかに眠る②

「しっかし、変幻自在の能力か。何の亜人なんだか……」

「それに関しては、僕も心当たりが多すぎてよう分からへんの」

「逆に心当たりが多いってのも考えものだなァ」


 二人はもう一度ため息を吐く。

 保安局までの道中、何度も篤と累のため息は重なったとか……。



 ♢♢♢♢



 公共保安局本局内、特殊部隊隊長室にて。

 篤と累の二人は特殊部隊隊長──椿崎麗ツバキサキレイにこの件の報告をしていた。

 その少し後方にて、眠る京夜を抱えながらアリスは静かに待機する。


「ふむ。この件については真昼からも概要を聞いていてな……真昼の見解では、例の凶悪犯エネミーはシェイプシフターの亜人なのでは、との事らしい」


 青紫の髪の隙間から怜悧な瞳と薄い眼鏡を覗かせる美女、麗が顎に両手を当て机に両肘をついては、おもむろに語り出した。


「えっと、僕が無知で申し訳ないんですが、シェイプシフターって?」


 突如現れた聞き慣れない言葉に、累がおずおずと聞き返すと、


(安心しろ、累。俺もシェイプ……なんとかとやらは知らん)

(ハハハ、ワタシも名前しか知らないデス)


 言葉にはしないものの、篤とアリスも静かに同意していた。篤に至っては既にちょっと忘れている。

 その様子を肌で感じ取ったのか、麗はゴホン、と咳払いをして続けた。


「シェイプシフターというのは、やたらと変化する妖怪や怪物の事らしくてな……変化に特化した能力だったのなら、それの亜人の可能性が高い。と真昼が言っていた」

「成程…………確かに、僕が見ていた限りでも、凶悪犯エネミーには変身能力しか無さそうでした」

「ならば、十中八九シェイプシフターの亜人だろう。厳重に捕縛しておかねば逃げられる可能性がある、急ぎ二等監獄に繋いでおくよう私から伝えておこう」

「頼みます、椿崎隊長」


 篤が小さく顎を引く。報告はこれで終わり。

 麗は改めて彼等に向き直り、真剣な面持ちで告げた。


「非番時の亜人事件対応、ご苦労だった。立役者はまだ眠りこけているが……厄介な凶悪犯エネミーの相手は大変だっただろう、今日明日と休むといい。そうだな、今夜はそこの筋トレ馬鹿に夕飯を奢らせてやれ」

「なっ──!? 何で俺が!」

「五月雨……お前東雲から通報があった時、筋トレしてて電話に出るのが遅れたそうじゃないか」

「ギクッ」

「これはその罰だ。ありきたりな日常生活を捨て、世のため人のために懸命に戦った若者達を労え。これは命令だ」

「………………了解」


 直属の上司による背筋が凍えるような威圧に負けた篤は、ガックリと肩を落として嫌々了承した。


「京夜が起き次第、真昼も連れて五月雨班で行ってこい。あの二人は……別任務で不在だから仕方ないか、写真でも送ってやれ」

「あはは。今夜はご馳走になりますわ、篤さん」

「ワタシ、ヤキニクがいいデス! ジャパニーズヤキニク! あの舌にまとわりつく濃い味が忘れられないのデース!!」

「焼肉かぁ、なんかええとこ真昼ちゃんに探してもらおっか」


 うんざりとした顔の篤を尻目に、累とアリスはこれみよがしに話を進める。そこで、タイミング良く扉が開かれて。


「呼んだ?」

「噂をすればなんとやらやん〜! 真昼ちゃん、今日の夕飯は篤さんが焼肉奢ってくれるんやけどな、なんかええとこ探してもらってもいい? 僕らより真昼ちゃんのがこういうの得意やし」

「うん、いいよ。お高いお店を探しておくね」

「流石は僕らの真昼ちゃんやなぁ」


 親指を立てて、二人はにっと笑う。

 金色の髪に紅い瞳の儚げな美少女──周真昼アマネマヒルは、とてもしたたかだった。

 何気に高級焼肉を予約すると真昼が宣言したので、篤は額に手を当てて項垂れた。

 そんなやり取りのそばで、京夜はとても穏やかに……幸せそうに眠っていた。きっと、周りの温かで穏やかな空気を感じ取り、いい夢を見ているのだろう。


 そして目が覚めた時。皆で高級焼肉に行くと聞いて、きっと京夜は困惑しつつも柔らかく目を細めるだろう。

 表には出さずとも、一分一秒を愛おしく思い、丁寧に記憶の一ページに記していく。

 決して忘れぬように。いつか来る最期の時に、楽しい人生だったと笑って終われるように。

 彼はこの日常を守るために、日々戦う。


 これが……これこそが。

 周京夜が命に代えてでも守りたい、かけがえのない宝物だから────。

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今日死ぬぐらいなら、明日死ね。 十和とわ @1towat0wa

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