第9話 ミク、異次元を体験する④
カイトさんのランエボが目の前で全力で走っています。右に左に、ほとんどまっすぐ走っていない様な走り方をしています。常に車の向きを積極的に曲げてコーナーをクリアしていきます。
このコース『デトロイト』、まだ序盤ですが、速度域は100〜120km/hくらい‥だと思います。道幅はかなり狭く、対向車が来たらなんとかすれ違えるくらいの幅しかありません。しかも直線と言う直線はほとんど無く、コーナーとコーナーが繋がり続けている様に感じます。
そんな中、カイトさんのランエボは水を得た魚のように全力で走っていきます。まるでラリーカーのようにアグレッシブかつ大胆に車の向きを変えながら‥。
「ミク、大丈夫?!」
月都さんが大きな声で気を遣ってくれます。この爆音の中では聞こえ辛いですが、
「だだだ大丈夫ですうううー!」
と、精一杯伝えました。今日の初めのコースでもこんなやりとりがあった様な気もしますが。
必死に横Gに耐えながら気づいたことがあります。月都さんのステアリング操作です。何と言うか、滑らかな、ゆっくり操作してる様な感じがするのですが、反比例して車の挙動は激しく右、左と旋回して行きます。
『カイトー!何煽られてるのよー!相手はノンターボのテンロクでしょ!だらしないわねー!』
最後尾のメイコさんがシビックからギリギリ視界から消えない位置で叫んでる声がトランシーバーから聞こえます。あ、メイコさんのシルビアのライトが見えなくなりました‥。勾配もなだらかなコースっぽいのでパワー差が出やすいんですね。どんまいメイコさん。
「ここから先、中盤は少しだけ2車線区間があるんだ。ただ3速‥4速まで入る区間、カイトになんとか離されない様にしないといけないんだ。」
やはりランエボとのパワー差は歴然なのでしょうか、今のところ離される様には感じませんけれど‥。月都さんがそう呟きながら表情が少し険しくなりました。
月都さんの表情を見ながら考えていたその瞬間、突然シビックが横向きになりコーナーを全開で駆け抜けていきます!さっきのシルヘアのヘアピンを思い出させるような走り方です!でもサイドブレーキは使っていません。。。なんでこんな動きができるのでしょう。わかりません。
コーナー出口付近でランエボのリヤバンパーにくっつくのではないかと思うほどべったり後ろにつけています。コーナーをアウト側まで膨らみながらクリアして行くランエボに対して、インをキープしながらシビックはコーナー出口でランエボに並ぼうとします。
「んー!!」
月都さんがなんとも言えない声をあげています。それもそのはず、カイトさんのランエボはマフラーから火を噴きながら加速していきます。それはもうケツを蹴っ飛ばした様な加速の仕方です。あらら、言葉使いが汚いですね。失礼しました。
その後、デトロイト後半は序盤と同じく道幅が狭い区間でしたが、ほんの数車両分の差でしたが埋まることは無くコースが終わりました。
「追いつけなかったねー。いつも中盤の中速セクションが泣所なんだよね。低速コーナーからのストレート加速勝負はターボ車には勝てないのかなぁ。」
私たちはシビックから降りてほふーっと一息。月都さんはボンネットを開けてエンジンを冷やしています。そのあと何やらタイヤを触っています。
「ミク、タイヤ触ってみ?」
言われるがままタイヤを触ってみると‥温かいです!しかも
「なんか‥ベトベトしてます!」
文房具の糊がついたみたいになっていて驚きました!全力で走った後のタイヤってこんな風になるんですね。しかも消しゴムのカスみたいなものが沢山付いています。
「温まったタイヤはグリップ力がこうやって高くなるんだよね。使いすぎるとタレてやばくなるけど。」
カイトさんも車を降り、伸びをしながらそう教えてくれました。確かにここまでベトベトだと路面にはとても食い付きそうです。そして視線を少し下げると
「うわー!月都さん、ここ、真っ赤っかですよ!壊れました?!」
タイヤに気を取られて気付きませんでしたが、なんか‥ホイールの中が真っ赤です!真夜中の暗闇の中なのでとても綺麗ですけど‥。
「これはブレーキローターだよ。ディスクブレーキで挟んで車を止めるからブレーキを酷使するとこうなるんだよ。大丈夫、普通だから。壊れてないよ。」
月都さん、私、1人で練習してた時はこんな風になった事ありませんでしたが、これが普通なんですね。‥普通とは?!なんだかまた混乱してきました。
そんなお話をしていると、遠くからエンジン音が聞こえてきました。メイコさんでしょうか。
「お、メイコも大分速く走れるようになったんじゃない?そこまで待ってないよね、月都。」
少し驚いた様な顔でカイトさんが上から目線で言いました。
「そうだね、割とS14は大きいからデトみたいなタイトなコースは苦手意識があるんだろうね。そこまで軽くないし。」
メイコさんはこのコース苦手なんでしょうか。確かに道は細いし路面はガタガタな所もあるし‥走りにくいことこの上ない条件ばかりな気もします。あ、メイコさんが着いて車から降りてきました。
「いやー、途中で鹿が道塞いでて少しタイムロスったわー。これは差がついてもしょうがないわー。」
この辺は鹿さんが出現するんですか!?見たことないです。というか、あの細い道幅で鹿がいたら避けられないような。
「鹿が出たんだね。清澄からここまでは鹿がよく出るから気をつけないとね。」
月都さんが答えている横でカイトさんがボソボソなにやら言っています。
「いつもより速く走れてるのにいちいち言い訳がましいんだよなー。素直になれば可愛いのに。」
メイコさんがピクっと動きが止まりました。ワナワナした後、フーと深呼吸してカイトさんに笑顔を向けています。口の端っこはピクピクしていますが。
聴こえていたんですね‥、カイトさんの言葉。
「ミクちゃん、どうだった?このコース。あんまり面白味無くない?狭いし全開し辛いし、鹿出るし。」
鹿はとりあえず言いたいんですね。コース自体は走りにくいとは思うのですが。
「実はコースより月都さんの運転がびっくりしました。今までとは違って全開だった事もあると思うのですが、明らかに私とは違う運転、車の挙動でした。」
そうなのです。私ならここでブレーキ、ここでアクセル、と思っているタイミングとまったく異なるのです。でも不思議と怖くなく、冷静に走りを体験できたと思います。なぜここまで違うのでしょう。うーん。考え込んでいたら月都さんが言いました。
「運転の仕方や挙動は車の特性や重さ、駆動方式でかなり変わるからね。さらにそこにドライバーの癖もついて回る。ミクと俺の車だと、駆動方式こそ同じFFだけど、シビックには早く走るためのパーツがいくつか装備してるから、これだけで大分変わるんだ、ドライビング。例えば機械式LSDが付いているんだけど‥」
「ち、ちょっとそこまで!あんたの説教くさい車オタトークはカイトとやってちょうだい。」
月都さんの話が長くなりそうなところでメイコさんが止めました。うん、専門用語があってわからないのでお家に帰ったら調べてみましょう。
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