第1話 ミク、起動
‥ブーン。
『廉価版趣味思考型アンドロイド起動中。
VOCALOID-01、初期設定を始めます。』
その時私は何も考えていないのに言葉を自動的に、機械的に発していた。
『名前をつけて下さい。』
目の前にいる男性が何やらスマホを触っている。
ん?なぜ私はこれがスマホだとわかるのだろう。
『はじめまして、ご主人様。初音ミクと申します。よろしくお願いします。』
私は初音ミクと名付けられたようだ。
その後も初期設定なのか、ご主人様がスマホを触って初期設定しているみたいです。なんか一生懸命で可愛いです。
あれれ?言葉尻もなんだか変わってきました。
『初期設定完了。再起動します。』
‥ブーン。
目の前がとても明るく感じたので目を開けてみると、そこには髪がボサボサで疲れ果てたスーツ姿の男性がいました。
ここはどこでしょう?アパートの一室っぽいです。
「あー、やっと設定できた。疲れたー。もう話せるのかな?」
そのように仰っております目の前の男性は、どうやらご主人様みたいです。
心拍、体温ともに正常みたいですが少しお疲れのようです。
身長172㎝、体重60㎏。少し痩せてます。なぜか私の視界にはご主人様のステータスが見えます。さすが私アンドロイド、えっへん。ちょっと挨拶してみよっと。
「ご主人様!私、初音ミクです!よろしくお願いします!」
元気に挨拶をした私ですが、実は少し緊張していました。
「ご主人様は恥ずかしいなぁ、月都(つきと)でいいよ。えーと、ミク‥でいいかな?」
照れながら話すご主人様はとても暖かく感じました。
さらに私を既に呼び捨てでお話ししてくれています。ちょっと嬉しい。
「わかりました!月都さん、よろしくです!」
やっぱりまだ緊張しているのか、声が大きくなってしまいました。でも一応、さん付けで呼ぶようにしてみました。
「起動したばかりで悪いけどごめん、ミク。もう‥眠い‥限界‥。」
そう話しながら、月都さんは崩れて寝てしまいました。
きっと一生懸命私を設定してくれたんだろうなぁ。
ミクは月都さんに布団をかけて寝顔を見ながら、少し幸せな気持ちになりました。
翌朝。
「あ、おはようございます!月都さん!」
月都さんがモゾモゾと起きてきました。髪がボサボサすぎて少し面白い。
「‥?」
月都さん、頭にはてなマーク出てますよ。私には見えますよ。あなただれ?っておでこに書いてますよ。昨日、設定したミクですよー。わかりますかー。
「‥!!」
おお、気づいたみたいです。よかったです。誰?とか言われたら泣いていました。
「お、おはよう。ミク。」
なんかよそよそしい月都さん、なんかイライラします。
「昨日はごめん。仕事で疲れてて眠気が限界だったんだ。‥あ、なんか部屋が片付いてる‥」
そうなんです。月都さんが寝ている間に部屋を掃除しました。朝早かったので掃除機まではできませんでしたが。掃除は大好きみたいです、私。なんでだろ。
「お部屋を片付けている時にどうしていいかわからないものがあったので、それはあっちにまとめましたよ。」
なんだか大きいバネとかネジとか鉄パイプみたいなものとかあったんですよね。なんなんだろ、あれ。
「ありがとう。すごく助かったよ。ほんと週末になると昼間は寝てばっかりで部屋の片付けとかできなかったから。でも無理しないでね。」
アンドロイドの私に気を使ってらくれる月都さん、優しいです。
そのあと少しお話しさせてもらいましたが、月都さんはシステムエンジニアでブラック企業に勤めていて、かなりの激務なので平日は大変みたいです。なので家事が週末のお休みに溜まるらしいのですが、疲れのため昼間は寝ている‥と。そのために私を購入したそうです。
「もっとゆっくりしてていいですからね。朝ごはんつくりますので少し待ってて下さい。」
といっても、もうお昼近くなんですけどね。
-
「食材があまりなかったので簡単なものしかつくれませんでしたけど‥」
卵があったのと冷凍のご飯があったので、オムライスにしてみました。味見はしてみましたけど‥どうでしょうか。気に入ってくださるでしょうか。ドキドキ。
月都さんはお腹が減っていたみたいで、すぐに食べはじめました。
「おお‥まさかの味噌味‥美味い!」
味噌は最強の調味料って認識があります。月都さんのお好みの味を私の初期設定でしたのかな。
モグモグペロっと全部食べてくれました。とても嬉しい。
月都さんはこの後また寝てしまいました。よっぽど疲れてるんだろうな。寝てる間に洗濯しよっと。それで晩ご飯の用意っと。
-
「らーららー♪」
鼻歌を歌いながら、数少ない食材で晩ご飯を作っていたら月都さんが起きてきたみたいです。起こしちゃったかな。
「ミクは歌がうまいね。ボーカロイドだから当たり前か。」
そう。家事をするのも好きですが、歌を唄うのはもっと好きなのです。
「すみません、起こしちゃいましたか?」
「いや、大丈夫だよ。いい寝起きだったのか、頭もすっきりして体も軽い感じがするよ。鼻歌をなのにとても聴き心地の良い歌だったよ。」
これもボーカロイドとしての役割なのかな。歌で褒められるととても嬉しいです。
月都さんは晩ご飯を食べ終わったら、服を着替えはじめました。
「月都さん、どこかお出かけするんですか?」
着替えだけでなく、コンタクトをつけてます。昨日からずっとメガネだったのに。あ、でもメガネをかけない月都さんもいい感じです。
「朝まで少し用事があるから、先に寝てていいからね。」
そう言って玄関でバイバイって手を振って出かけて行きました。少しさみしい。
ようし、簡単にお風呂掃除しておこう。
この後、私用の布団が別の部屋に用意されていたので、そちらで寝ることにしました。え?昨日は?
月都さんの布団で一緒に寝ましたよ。月都さんも気にしなくていいのに‥。そんなことを考えながら眠りにつきました。
ー
ガチャ。
早朝5時。玄関のドアが開き、月都は布団に倒れるように崩れ落ちた。
「つ、疲れた‥。」
寝ているミクを横目に、まるですべての力を出し尽くした後のように月都は深い眠りに落ちていった。
-
日曜日の朝、ミクは今日も鼻歌を歌いながら家事をしています。月都さんはまだ寝ている。朝方帰ってきたのかな。
小さな声で鼻歌を歌いながら洗濯をしていると、ふとあることに気づきました。
なんでしょう、これ。
グローブ‥?でも指先、手首から肘にかけて少し伸びている長めのグローブです。匂いを嗅ぐと少しオイルの匂いがしたので、これも洗濯しちゃいます。
それから、月都さんが夕方ちかくになってようやく起きてきました。
「おはようございます。と言ってももう夕方ですけどね。とてもよく寝られていましたよ。」
月都さんは寝起きの髪の毛がモサモサなのがやっぱり面白い。
「ごめん、こんなに寝ちゃって。俺、明日から仕事だから平日はあまり家にいないんだよ。だからミクに商店街とかこの街の事を案内しようと思ってたんだけど‥。」
とても申し訳なさそうに月都さんは言いました。ふふ、実は‥
「月都さんが寝てる間に少し探検してきました、商店街。
そしたらお魚屋さんの田中さんと、お肉屋さんの鈴木さんが色々商店街の事を教えてくれました。それとお花屋さんの佐藤さんには商店街で使える割引券を頂きました!それと‥」
色々伝えたくて、早口気味に話していたら月都さんが、
「わ、わかった。すごいね。もうそんなに知り合いができたんだ。」
まだ、仲良くなった、色がグレーの猫さんのお話しをしていないです。
「申し訳ないけど、生活費を渡すから食材や消耗品を買ったり、家事もろもろをお願いしていいかな。」
またまた申し訳なさそうに月都さんは言いました。
「まっかせてください!明日からお仕事、がんばってください!」
月都さんのためにがんばるぞー!っと気合を入れ直すつもりで声を大にして伝えました。でも、なんで家政婦型のアンドロイドではなく趣味思考型ボーカロイドにしたんだろ、月都さん。
ー
そして、月都さんと私の2人の生活が始まったのです。
‥しかし、やっぱり気になります。部屋の片隅にあるバネとかネジとか油っぽい金属の物はなんだろう‥?そのうち聞いてみようかな。
と、少し気になっているミクなのでした。
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